(立法事実 = 政策目的の必要性と、政策手段の合理性を根拠づける社会的事実)
政府が中国の脅威を唐突に持ち出す前は、(1) ホルムズ海峡での機雷掃海、(2) 米国軍船で避難する日本人救出、(3) 日本周辺警護中のイージス艦を防護の3例を説明していた。
(1)はイラン合意を受けて、(2)はあり得ない状況として、その後の国会答弁で否定されている。湾岸産油国が自らの首を絞めるようなことはしない。米国国務省HPのQ&Aに「米国人でも軍用機/軍用船での救出は非現実的、ハリウッド脚本に過ぎない、ましてや外国人は乗せられない」との記述もある。(3)は個別的自衛権で対応できるというのが常識で、公明党山口代表さえそう発言している。つまり立法事実を政府はまったく提示できていないのである。
「米国との軍事同盟が強化されれば抑止力が高まる」というが、米国が見返りに何かを約束するという話は聞かない。そもそも米国政府は集団的自衛権行使を容認しろと公式に日本に要求してはいない。アーミテージ・ナイ報告は(共和党系)民間シンクタンクの一見解でしかない。
日米安保条約には1960年改定時に追加された第3条があり、外務省HPでは第3条を次のように説明している:
「ただし、我が国の場合には、「相互援助」といっても、集団的自衛権の行使を禁じている憲法の範囲内に限られることを明確にするために、「憲法上の規定に従うことを条件」としている。」
つまり日本は集団的自衛権を行使しなくても良い、とはっきり書かれているのである。米国の本音を言えば、平和憲法の日本は日米安保を必要とし核武装しないから安心、と思っているはずである。
日米安保ただ乗り論も全く当たらない。主な基地だけでも、三沢、横田、座間、厚木、横須賀、岩国、佐世保、嘉手納、普天間、ハンセンなどを提供し、それは無償どころか思いやり予算(1850億円、主に日本人従事者の人件費)を付けて米軍経費の一部を負担するほどの超好待遇である。さらに加えて基地の土地賃料や周辺対策費などで計4862億円を政府は支出している(H26年度)。【注1】 首相はころころ変わっても、日本社会は安定し一貫して親米的である。米軍関係者にとってこれほどやり易い国はない。韓国は二股パク・クネだし、ASEAN諸国は地理的/経済的にどうしても中国に引っ張られる状況で、日本ほどかけがえのない同盟国は他にない。媚びる必要など全くない。
「アメリカの若者が血を流しているのに、日本の若者が血を流さなくていいのか?」という議論がある。米国本土に自衛隊が基地を持って、米国本土への攻撃に協同で反撃するならば、その議論はあり得る。しかし現実は、米国が世界中に勝手に出かけて(間違った)戦争を仕掛けているのに、なぜ自衛隊がお供せねばならないのか? そんな必要は全くない。
安保法制(=集団的自衛権行使)を多くの国が歓迎としている。自衛隊が彼らの代わりに紛争地に行って汚れ役をやってくれれば、あるいは代わりにどこかの敵国と対峙してくれれば、彼らの負担・犠牲が減るのだから歓迎するのは当たり前である。それで、日本は何を得るのか? 自衛隊員の犠牲、紛争当事国や周辺国からの反発、テロの輸入、多額の費用など、何も良いことはない。日本の自衛には何も役立たない。マイナスばかりである。
一見して極めて明白に違憲で、必要性も根拠も全くなく、自衛にはマイナスだらけの安保法制は、国会審議でもボロボロである。政府はまともに答弁できず、衆参合計で審議は225回も中断した。政府の主張はことごとく覆され、立法事実がないこと、違憲であることが議事録にはっきりと残った。安倍首相の答弁は壊れたテープレコーダと揶揄され、質問に無関係な定型答弁を繰り返すのみ。中谷防衛相の答弁はしばしば2転3転し、法案の中身のいい加減さを露呈した。特別委員会での「採決」の一部始終がTV中継され、一切の手続きが無視され、だれが見ても採決は実際には行われておらず、「不存在」であることの証拠となった。議事録には「・・・(発言する者多く、議場騒然、聴取不能)」と記され、日本政治史に残る不祥事として記憶されるだろう。
無理無茶なやり方で法案を成立させたことにした真の目的はいったい何なのか?
私には『平和憲法に穴を開けること、戦争をできる国にすること』こそが目的としか思えない。次回から、自民党の「憲法改正草案」を詳しく見て、自民党はいったい何を目指しているのかを浮き彫りにしたい。
【注1】2016-4-5 追加。下図は、2002年の米軍駐留経費のうち同盟国が負担する割合を示すグラフで、右端の数字は同盟国の負担額。米国防省の資料(pdf)最終ページから引用。日本はなんと3/4を負担しており、絶対額でもUS$4,411M(〜5500億円、平均レート:1ドル〜125円)と圧倒的に多い。NATO全体でも日本の半額に過ぎない(ドイツが大半で〜1995億、英国はわずか〜238億)。
この絶対額・比率を見るだけで、米国にとって日本がいかにありがたい存在かがわかる。米軍は北太平洋および東アジア全域を睨む絶好の位置に、わずか1/4の負担で基地を確保しているのだ。米国にとって日米安保は生命線であり、掛け替えのないものである。
なお、この資料はなぜか 2003年度までしか公表されていない。