中国の埋め立てだけが大きく取り上げられているが、南シナ海の南沙諸島領有権問題は目眩がするほど複雑である。まずはサムネイル画像をクリックして、Wikiのオリジナル画像「各国領有状況及び領有権主張線の図」(2596 × 2186pix)をじっくり見て頂きたい。実効支配状況を以下にまとめる。
- 台湾 (1+*、0、0) * は滑走路
- フィリピン(5+*、2、0)
- ベトナム (5+*、2、1)
- マレーシア(1+*、1、1)
- 中国 (0、2、5+1)、+1は「浅瀬」
- 島:「自然に形成された陸地で、水に囲まれ、高潮時にも水面上にあるもの」;周囲12海里の領海と、200海里のEEZ、大陸棚が認められる
- 岩礁・砂州:「高潮時にも水面上にはあるが、人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできないほど狭い陸地」;領海は認められるが、EEZと大陸棚は認められない
- 低潮高地:「自然に形成された陸地ではあるが、高潮時には水中に没するもの」;領海は認められない
- 人工島:低潮高地や浅瀬を埋め立てて人工島としても、領海は認められない
台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシアはそれぞれ「島」を一つ以上実効支配し、小規模ながら滑走路も一本づつ持つ。他にブルネイも領有権を主張しているが、実効支配はない。中国は遅れて来たプレーヤであり、「島」を持たないが、1988年のベトナムとの海戦(1日だけ)で獲得していた「岩礁」や「低潮高地」や「浅瀬」を、2013年以降急速に埋め立てて人工島を作り始めた。すぐに軍事基地化して、現状の実効支配バランスを崩し、中国が軍事的にこの領域全体を実質的に支配してしまうのではないか、南シナ海の航行の自由が脅かされるのではないかと懸念される。ただし航行の自由が本当に脅かされると最も困るのは、日本よりも、中国を含む当事国なのでなかなか起こりにくい事態ではある。
中国はある意味巧妙に振る舞っており、あからさまな武力を使ってはいない。他国が支配する「島」を奪ってはおらず、「経済力」で人工島を作り現状変更を試みている。知能ヤクザのようなもので、国際社会が国連安保理事会とかの場で直接介入しにくく、「国際海洋法上、人工島は認めない」、「威嚇、強制又は武力の行使、大規模な埋立てを含む現状の変更を試みるいかなる一方的行動にも強く反対」などと圧力を掛けるぐらいしかできていない。
事の難しさは中国と他当事国との圧倒的な国力差と、他当事国がいずれも中国との経済的結びつきが強いことにある。中国がこのまま強行すれば、周辺国の離反や国際社会から反発で彼らの国益を損なうこと(実際そうだと思われる)を目に見える形にする外交的知恵が必要なのではないか。ベトナム、マレーシア、ブルネイがTPPに参加しているのは偶然ではないと思う。その一方で(中国に最もはっきり抵抗しているように見える)フィリピンはTPPに参加せず、AIIBには全ての当事国が参加している。また、習近平は11月にベトナムを訪問するという、懐柔のためか? 事態は複雑に動き続けている。
他当事国が中国と対等に対話するには、世界の警察・米国(最近はしばしば暴力団や暗殺団にもなるが)と軍事的な結びつきをある程度は持つという選択肢もある。狙いは米軍の存在感・抑止力を背景に、まずは現状を固定化し、中国を1対多の交渉の席に付かせることにある。米国も割って入り話し合いの場を設けるのは望む所のはずで、そのような気運は出ているように思われるが、中国には最も避けたい状況であろう。経済、外交両面での綱引きが続く。
安倍首相が国会答弁で示した現状認識自体は特におかしくはない。しかしもしも、交渉の場作りを目指して外交の綱引きが行われている状況なのに、「だから安保法制だ、自衛隊を派遣する!」とか言いたいのであればネトウヨの妄想でしかなく、日本をヤクザ以下に貶めることになる。知能ヤクザには、法と知恵で対抗するしかない。日本も外交の綱引きに参加しているし、海上警備艦などの「非軍事的支援」で他当事国の海洋能力を少しでも上げるのは分かり易いやり方だと思う。