安倍政権は日本が今までに経験したことのないダーティな政権である。国連の人権理事会やユネスコへの対応はまるで後進国であり、日本の品位を大きく落とし、国益を損なっている。
○国連特別報告者の公式訪問を安倍政権がドタキャン
国連人権理事会から任命された「表現の自由」特別報告者:デビット・ケイ氏(米国人・国際法学者)の公式訪問(2015年12月1〜8日)を、日本政府が11月13日突然キャンセルした。「表現の自由」特別報告者とは、全世界の表現の自由の侵害に目を光らせるのが役目であり、ケイ氏は特定秘密保護法の実施状況や安倍政権による報道への圧力の実態を調査する予定であった。
岸田外務大臣は「12月の初めの時期は予算編成作業等,他の業務との関係で日本政府として十分受入体制を整えることが困難な見通し・・・」と全く理由にならない言い訳をしている。この日程は10月21日に公式承認されたばかりである。政府が国連に対して公式に約束したことをドタキャンするのは通常ではあり得ない(東日本大震災のためにキャンセルした例のみ)。「安倍政権は言論の自由や表現の自由に後ろ向き」と自ら世界に宣伝するようなものである。
このように非常識な指示を出せるのは、官邸しかない。訪問時期を2016年秋以降に延ばそうとしており、ケイ氏の調査結果が参院選挙にマイナスになると認識していることを意味する。つまり安倍政権は、彼らがやっていることは国連から批判されると自覚しており、ドタキャンで国際社会から非難されようとも(国益を損なおうとも)、なりふり構わず目先の利益のみを優先して行動している。
秘密保護法の成立前から、国連人権理事会側は懸念を表明している。
当時の特別報告者:フランク・ラ・ルー氏は「日本の特定秘密保護法案は透明性への脅威」という公式声明を出して批判している。
さらに国連人権高等弁務官:ナビ・ピレイ氏は「特定秘密保護法案は何が秘密を構成するのかなど、いくつかの懸念が十分明確になっていない。成立を急ぐべきではない」と記者会見で発言している。国連人権高等弁務官とは国連人権理事会の事務局トップである。
これに対して自民党外交部会長・城内実議員は「なぜこのような事実誤認の発言をしたのか、調べて回答させるべきだ。場合によっては謝罪や罷免(要求)、分担金の凍結ぐらいやってもいい」と暴言を吐いている(毎日新聞、リンク消えのためこちらで代用)。誤認しているのは城内議員のほうであり、国連人権理事会側が日本の立法に注文をつけるのは全く正当なことである。
国連人権理事会は2006年3月、それまでの人権委員会が格上げされて発足し、人権が安全保障、(途上国)開発と並んで国連の主要な活動の一つとなった。国連の場では以下の人権条約が策定されており:
国際人権規約【社会権規約と自由権規約】、 女子差別撤廃条約、 児童の権利条約、 人種差別撤廃条約、 拷問等禁止条約、 強制失踪条約、 障害者権利条約
日本はいずれも締結している。締約国はこれらを遵守する義務がある。日本国憲法第98条第2項にも「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と規定しており、国内立法においてもこれら人権条約に反しないように配慮せねばならない。
秘密保護法が問題となるのは自由権規約、特に第19条である:
第十九条 1 すべての者は、干渉されることなく意見を持つ権利を有する。
2 すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。
3 2の権利の行使には、特別の義務及び責任を伴う。したがって、この権利の行使については、一定の制限を課すことができる。ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。
(a) 他の者の権利又は信用の尊重
(b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護
第2項にある「情報にアクセスする権利」、「あるいは知る権利」は人権の要石とも言われており、すべての情報は公開が原則である。第3項では権利の制限も認めており、秘密保護を全否定している訳ではない。その制限が必要最小限となるように「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」(ツワネ原則)を提唱しているが、秘密保護法の内容はこの基準に全く合致していない。ツワネ原則や秘密保護法の問題点を詳細に論じた資料(pdf)がある。
○国連勧告に「法的拘束力はない」「従う義務なし」と国会答弁
2013年6月18日、紙智子参院議員(共産党)が国連拷問禁止委員会の勧告(pdf)を引用し、橋下大阪市長の慰安婦発言をたしなめるべきと質問したのに対し、麻生大臣は「勧告は法的拘束力を持つものではなく、・・・締約国に対し、当該勧告に従うことを義務付けているものではないと理解している」と答弁し、安倍政権の国連軽視の姿勢を図らずも露呈している。
この勧告は別に日本だけを狙い撃ちにしたものではなく、国連の通常活動に過ぎない。外務省発行のパンフレット「国際社会と人権」(pdf)に分かりやすい説明がある(5ページ):
各条約には、締約国による条約の履行状況を監視する、専門家からなる条約委員会が存在し、定期的に締約国が提出する政府報告の審査を実施しています。この政府報告審査制度は、国際社会において人権を保護し、促進していくためのメカニズムとして、政府間の人権フォーラムでの活動と並んで重要な役割を果たしています。
これに対する日本政府の公式な立場は、外務省HPの「人権外交」に記載されているように:
(1)すべての人権及び基本的自由は普遍的価値である。また、各国の人権状況は国際社会の正当な関心事項であって、かかる関心は内政干渉と捉えるべきではないこと
と極めて真っ当である。しかし安倍政権はともすれば勧告に後ろ向きであり、以下の日本政府に対する主な国連人権勧告にどう対応しているかを思い出せば自明であろう。
・個人通報制度の批准・独立した国内人権機関の設置
・取り調べの完全可視化、代用監獄の廃止、刑事司法手続きの改善
・日本軍「慰安婦」に対する公式謝罪と人権救済
・婚外子差別などに関する民法改正
・マイノリティの子どもの教育
・女性労働者の権利・難民や移住労働者の権利
・アイヌ、沖縄の先住民族の権利
・部落差別問題
・障害者の権利、精神障害者の非自発的入院
・「特定秘密保護法」「ヘイトスピーチ」の差別禁止法制定
・死刑制度廃止に向けた取り組み
・朝鮮学校への適切な財政措置
・性的マイノリティ差別
・人身取引や外国人技能実習生制度
・思想、表現の自由(「君が代、日の丸」不起立者への処分問題)
・福島原発事故後の健康に関する権利など
○ユネスコ記憶遺産に「南京大虐殺文書」登録、安倍政権のネトウヨ対応
2015年10月9日、ユネスコが「南京大虐殺文書」を記憶遺産に登録したのは日本にとって不名誉なことではあるが、南京大虐殺は日中歴史共同研究でも認めている事実である(日本側報告書(pdf)の270ページ、中国側報告書の日本語訳(pdf)の315ページ参照)。食い違いは、被害者数が最大20万人か30万人以上かに過ぎない。
ユネスコでの審査過程で日本政府は明星大学・高橋史朗教授作成の意見書を提出したが、「南京大虐殺はなかった」と主張する東中野修道・亜細亜大学教授の本などを引用するなどしたため、かえって日本の印象を悪くして逆効果になった恐れがあると報道されている。
高橋史朗教授がどのような人物かはこの記事に詳しく書かれており、かっては生長の家学生会全国総連合の委員長であり、現在も日本青年協議会の幹部と見られる。外務省がこんな「著しくバランスを欠いた極右思想のトンデモ学者」を起用してしまったのは、自民党や官邸からの指示と見られている。
同13日の記者会見で、菅義偉官房長官はユネスコ分担金の支払い停止を検討すると発言し、上記の城内議員と同じく、恥の上塗りをしている。2015年7月に「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に登録された時はユネスコに大感謝していたのに、記憶遺産では自らのトンデモ対応もあって失敗すると、手のひら返しである。安倍政権はネトウヨそのものである。
日本は国連優等生と思っていたのだが、安倍政権になってどうもすっかり変わったようである。人権後進国として卑下されているようだ。国際社会が安倍政権を見る目は、9月29日の国連演説の写真からも窺える。本会議場はガラガラでだれもまともに聞いていない。