安倍政権は日本が今までに経験したことのないダーティな政権である。NHK人事への介入のやり口を見てみよう。会長の人事は放送法に規定されている。
2 前項の任命に当たつては、経営委員会は、委員九人以上の多数による議決によらなければならない。
NHKという組織は経営委員会が最上位にあり、会長はそこから任命されて業務を行い、三ヶ月に1回以上報告すべき義務がある。籾井会長を安倍政権が直接任命した訳ではない。では、なぜ経営委員会が、こともあろうにNHK会長に全く相応しくないあんな粗野でおバカな人物を選んでしまったのか?
それは安倍政権が経営委員会のメンバーを大幅に入れ替えたからである。経営委員会の委員は放送法の規定により、国会の同意を得て総理大臣が任命する:
第三十一条 委員は、公共の福祉に関し公正な判断をすることができ、広い経験と知識を有する者のうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する。この場合において、その選任については、教育、文化、科学、産業その他の各分野及び全国各地方が公平に代表されることを考慮しなければならない。 (・・・2、3項省略・・・)
4 委員の任命については、五人以上が同一の政党に属する者となることとなつてはならない。
2013年11月、委員5名の交代タイミングを捉えて、安倍政権は次の5人を指名した(敬称略):
長谷川 三千子:埼玉大名誉教授、日本会議代表委員
中島 尚正:海陽中等教育学校長、「核融合エネルギーフォーラム」議長
本田 勝彦:JT顧問、安倍首相の小学生時の家庭教師、「四季の会」メンバー
石原 進:再任、JR九州会長、「四季の会」メンバー、(原発再稼働を主張)
「四季の会」とは安倍首相を囲む財界人の会であり、2000年に発足した。その幹事で ある葛西敬之氏(JR東海会長)は中島氏の学校法人設立に関わり副理事長を務めている。日本会議の百田、長谷川の両氏は言うまでもなく、5人ともお仲間であり、アベ友なのである。当然、野党は強く反対したが、与党の数で押し切られ、5人とも経営委員に就任した。
一挙に5人もお仲間を委員にしたことが、禁じ手である。第三十一条4項の規定への違反が疑われる。(たとえ自民党員ではないとしても)同じような考えの人ばかりを集めてはいけないと言うのが本来の主旨のはずである。
「(会長の任命は)委員九人以上の多数による議決」との規定があるので、経営委員12人中の4人以上で示し合わせれば、意中の人物が登場するまで拒否し続ける作戦をとることも可能。5人も居ればどのようにでも押し切って、意中の人物を選ぶことが出来るだろう。籾井氏を会長候補として、九州コネの麻生副首相が紹介し、石原氏が強く推したと言われる。
「四季の会」と幹事の葛西敬之氏は、もちろん安倍氏の意向を受けて、NHKトップ人事に長く係わってきた経緯がある。第一次安倍政権当時の2007年6月、「四季の会」メンバーの古森重隆氏(富士フイルムHD社長、当時)を経営委員会に送り込み、いきなり委員長に選出させている。安倍首相の強い押しがあったと言われている。
古森氏は幾度も強権的、政治的な発言を行って物議を醸している。例えば、「選挙期間中の放送については、歴史ものなどの放映はいつも以上にご注意願いたい」という発言は、番組編集に直接的に干渉するものであり、国民的批判を招いた。その結果、2007年12月の放送法改正において次の第三十二条が新設されるに至る:
2 委員は、個別の放送番組の編集について、第三条の規定に抵触する行為をしてはならない。
第三条 放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。
第三条も参考のため引用した。政権や自民党がしばしばメディアに「放送法違反」と言って文句をつけるが、違反なのは彼らである。彼らには文句を言う法律上の権限はない。
放送法改正により、経営委員が口を出せるのはNHK会長や理事までで、局長や記者に直接口出ししてはならないのである。だからNHKを自由に操るためには、会長にそういう人物を据えねばならない。
かくして古森氏は福地茂雄氏(アサヒビール会長、当時)を推薦し、2008年1月彼は第19代NHK会長に就任した。2011年1月に就任したその次の会長は松本正之氏(JR東海副会長、当時)で、葛西氏(JR東海会長)に極めて近い人物を送り込んできた。このように「四季の会」は、福地、松本、籾井とNHK会長3代連続でその就任に大きな役割を演じている。
(私の知る限り)幸いなことに、福地、松本の両氏は視聴者にとってさほど酷くはなかった。民主党にまだ勢いがあったこともあるだろう。民主党政権時代は日本の報道の自由度ランキングが最も高かった。松本氏は東日本大震災報道のあり方を巡って、葛西氏と不仲になったと噂されるので、任期最後の1年間が重なる安倍政権からの要求(原発関連と思われる)に従わなかったのであろう。
ある程度の知性があり恥を知る人物であれば、NHK会長というたいへんに名誉でかつ責任重大な職務に就き、周囲にNHK生え抜きスタッフを従えて、彼らと日々対話しておれば、たとえ本心は違っていたとしてもそれなりに真っ当に振る舞うものである。無理な言動をすれば、たちまちNHK内で浮き上がり、世論に叩かれて、これまで築き上げてきた自分の社会的信用が台無しになるだけなのだから。
しかし籾井氏は違った。知性とか恥を知るとかは彼の辞書にないようだ。そこは安倍首相とよく似ている。2014年1月25日の会長就任会見で:
「(慰安婦は)戦争をしているどこの国にもあった」
などと連発し、ほとんどの人を仰天させた。政権内部でも仰天しなかったのは恐らく安倍首相ぐらいで、ほとんどの人達は「こんなこと言うとマズいぞ、すぐ辞めることになるかも」と心配したはずだ。放送法の第一条を全く理解していないどころか、とことん否定するコメントである。
三 放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。
放送は国民から見て不偏不党でなければならず、政府だろうと誰だろうと、おかしな事があるならガンガン批判するのがメディアの努めであり、それがあっての健全な民主主義である。
最も仰天して臍をかんだのは籾井氏を選んでしまった(真っ当な)経営委員の方々であろう。当時、NHK経営委員会委員長代行を務めた上村達男氏は、選考の様子や籾井氏の実像を著書にまとめて、インタビューにも応じている。
籾井会長就任後、NHKの報道はガラッと変わった。「放送を語る会」が各局のニュース番組を実際に視聴して比較しており、集団的自衛権行使容認や安保法案国会審議などにつき多くのモニター結果が公開されている。NHKは専門家や学者をほとんどゲストに呼ばなくなった、ほぼ全員が政権に批判的だからである。この(pdf)の比較資料でも一目瞭然なように、NHKの政治報道はすっかり政権寄りに偏向し、もはや日テレ、フジと変わらない。
籾井会⻑の周辺から、「今年の3⽉以降、7⽉まで籾井⽒が殆ど毎⽇のように⾃⺠党・政権関係者に呼び出されていた」とか衆議院での強⾏採決⽇には「会議中に官邸から電話を受けていた」とか会⻑⾃⾝が「またスガちゃんからの電話だ」とか⾃慢げに漏らすようすが伝わってきました。
こんな籾井NHKに受信料を払う義務はないと考える。 受信契約の前提となる法律をNHKが遵守していないのだから。中国や北朝鮮じゃあるまいし、民主主義国家に有料の国営放送なんぞ真っ平だ。不払いの確認を求める集団訴訟でもあれば、是非とも原告団に加わりたいものだ。