自民党「憲法改正草案」の鎧と刃(3)怖すぎる緊急事態条項

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自民党は緊急事態条項を、最初に発議したい改憲項目の一つとして揚げている。その意味でも緊急事態条項の中身をしっかり見る必要を感じる。

権力は暴走する。安倍政権でこの言葉を実感する。暴走を辛うじて押しとどめているのは日本国憲法である。「壊憲」の悪意を持った人物が首相でも、なんとか日本の平和が保たれ、我々の日常生活にまださほど変わりがないのは日本国憲法のお陰である。しかし「草案」の緊急事態条項は怖い。非常に危険である。歯止めがないのだ。これだけで日本国憲法に大きな穴が開き、もはや歯止めの役割を果たせなくなり、日本はあっという間に独裁国家になり得る。

以下に「草案」の緊急事態条項を引用する。赤字は筆者コメント。


第98条(緊急事態の宣言)
1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
法律で定めれば、些細なことでも緊急事態に出来る

2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。

3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
2の事後承認が不承認であっても、100日までは緊急事態を維持できる
もし国会の多数を握っていれば、いくらでも延長可能

4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
第六十条第二項とは予算案の衆議院優越なので、衆議院の多数さえ握っていれば5日待つだけで承認となり、いくらでも延長可能

第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
内閣だけで好き勝手に法律を作り、行使できる

2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
不承認の場合の規定が欠落している

3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
基本的人権は、尊重するが、保障しない

4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
緊急事態を継続すれば、選挙は無期限に行わなくとも済み、無期限に独裁が可能
参議院の規定が欠落


赤字は少し意地悪な見方・解釈に見えるかも知れないが、法律に性善説は通用しない。この法案の文面上、これらは全く否定できず、十分にあり得る可能性である。「衆議院の多数さえ握れば、無期限に独裁が可能」になり得るのだ。再度まとめると:

  • 法律で定めれば、些細なことでも緊急事態に出来る
  • 少数与党でも、内閣の一存で100日間まで緊急事態を維持できる
  • 衆議院の多数さえ握っていれば、緊急事態をいくらでも延長可能
  • 緊急事態にすれば、内閣だけで好き勝手に法律を作り、行使できる
  • 基本的人権は、尊重するが、保障しない
  • 緊急事態を継続すれば、選挙は無期限に行わなくとも済み、無期限に独裁が可能

極めてお粗末な欠陥だらけの法案である。歯止めが全くないのである。そのうえ、たかが2条の中に「法律の定めるところにより」と8カ所も書かれており、如何ようにでも後に変更する策略なのか、緊急事態への考え方があやふやなままで取りあえず文面化したのか。全体のレベルの低さからして、恐らく後者と思われる。

トップ写真はテレ朝モーニングショー・そもそも総研(2015/5/21放送【注1】)の一場面であるが、その中で憲法学者・木村草太氏は「合憲性を担保する仕組み(ドイツ)」か「責任を追及する仕組み(米国)」などのような「歯止めを同時に規定しなければならない」と指摘している(6:00〜)。

その指摘を自民党・憲法改正推進本部長の船田元氏にぶつけると(11:20〜):
「最高裁判所が最終的に担保すると我々は思っていましたけど・・・今のようなご指摘があれば、それは当然書いても私は問題ないし・・・」

「歯止め」など全く眼中になく、政権が独裁権を得たいという一心でこの「草案」が作られたことを図らずも露呈するコメントである。残念ながら現在の最高裁判所では全く歯止めにならず、違憲立法裁判所のような新しい仕組みが必須である【注2】。自民党「草案」には、司法の視点も、主権者たる国民の視点も全く欠落している。 あり得ない低レベルさである。

「草案」の作成に、まともな憲法学者はまず関与していない。「草案」の基本的発想の時点で、ほぼ全否定されてしまい、そこで終わるからだ。係わったとすれば、集団的自衛権行使を合憲とする例の3人(百地章、長尾一紘、西修、いずれも日本会議関係者)ぐらいだろう。主体はやはり憲法改正推進本部の自民党議員なのだろう。だからとてもレベルが低くて、政権側の観点しかないのだろう。

このようにずさんで超危険な新条項が、まさかこのまま発議されることも、両議院で2/3の賛成を得ることも、国民投票で過半数を得ることもあるまい・・・と思いたい。しかし安倍政権は日本が今までに経験したことのないダーティな政権である。どんなことでもやるのである。特にメディアを抑えていることが怖い。もしもこの緊急事態条項が成立したならば、日本は世界史上で永遠に語り継がれることだろう、平和国家を一発で独裁国家に変えてしまった最も愚かな国民として

特に自民党支持者にはこの実態を知ってほしい。過去の自民党ならそれなりに大丈夫だったが、今は全く違うのだ。日本人は政権も他人も疑わなさすぎる。振り込め詐欺という犯罪が起こりうるのは日本だけだろう。振り込め詐欺なら個人の損害だけで済むかも知れないが、そのような感覚で投票しないでほしい。日本国民全体に災禍を及ぼすのだから。

そもそも緊急事態法などは、諸外国には必要かも知れないが、日本には全く必要ない。神戸大震災や東日本大震災が証明している。行政は混乱したかも知れないが、一般国民は全くパニックになることもなく、暴動はもちろんのこと、強奪など混乱に乗じた犯罪は皆無であった。互いに人道的に助け合い、行列には整然と並び、辛抱強く未曾有の状況に耐えたのである。

「内乱等による社会秩序の混乱」もあり得ない。いや、国会前に1万人以上集まると「社会秩序の混乱」だとして、緊急事態にする意図かも知れないが。(ほとんど考えられないが)たとえ戦争であっても、憲法に緊急事態条項を設ける必要性はない。あの広島、長崎の人類史上かってない悲惨な状況でさえ、人々は精一杯助け合って生き延びてきたのだ。

過去の非常事態においても、主権者たる国民は立派に適切に振る舞ってきたという事実を見れば、憲法に緊急事態条項を設けて主権者の権利を制限すべき理由はどこにもない。「国その他公の機関の指示に従わなければならない」という規定などは愚策の一語に尽きる。現場の状況を把握してもいない国や地方自治体の指示を待っていたのでは、助かる命も助からないし、復旧もぜんぜん進まない。現場にいる公務員や一般国民が状況に応じて適切に判断・行動するしかない。

平時のうちに緊急事態を想定し、叡智を集めてきちんと法整備すれば良いだけだ。お馬鹿な世襲政治家の集まりである内閣に、緊急事態に特別な権限を与えたからといっていったい何が出来るというのか? 混乱を増幅するだけだ。


【注1】より高画質の動画はここにあるが、ネトウヨがアップしたようである(笑)。

【注2】もしドイツやイタリアのように違憲立法裁判所があれば、違憲の疑いのある法律が成立した時点で、違憲確認訴訟を起こすことが出来る。これは「抽象的違憲審査制」と呼ばれる。
しかし日本や米国では「付随的違憲審査制」と呼ばれ、法律そのものに対して違憲訴訟を起こすことはできず、その法律に関連する具体的な損害や事件が発生してから訴訟が起こされた場合に、事件解決に必要な範囲を限度として違憲立法審査権を行使できるとされている。
例えば、安保法制に基づく海外派遣命令を一部隊員が拒否して懲罰処分を受けたならば、隊員への処分撤回と安保法制の違憲性を問う訴訟をすぐに起こせる。しかしそのような具体的事件がない段階で、違憲訴訟を起こすのは容易ではないとされる。

日本では従来、内閣法制局がいわば事前審査を行って違憲な立法をしないように運用してきた。しかし安倍は首相になるとすぐに内閣法制局を骨抜きにし、明らかに違憲な安保法案を出してきた。このように「壊憲」の悪意を持った人物が首相という現実が起こったからには、日本にも違憲立法裁判所が必要であり、護憲的改憲の最重要項目だと感じる。ドイツの違憲立法裁判所は、ナチスによる立法で人権が侵害されたことへの反省から導入されたと言われている。

 


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