FCVの見えない未来(4)水素ステーション、ZEVクレジット

上の写真は Alternative Fueling Station Locator(代替燃料ステーション検索)サイトにて、Hydrogen(上、水素ステーション)と Electric(下、充電ステーション)を表示させたものである(2015-11-15時点)。一般客が利用可能な水素ステーションは全米でわずか12カ所のみで、うちカリフォルニア州に10カ所、ロサンジェルス周辺に8カ所が集中する。

7月の記事によると、ロス地区にはヒュンダイ・ツーソンFCVが 71台ほどリース中であり、そのユーザへのインタビューから水素ステーションのお寒い実情が分かる:

  • 8つのうち、ちゃんと営業してるのは3つだけ
  • 何ヶ月も休業してる水素ステーションばかりだ
  • 営業してる所は客がかち合い、連続充填できずに1時間も待たされる
  • 2015年には20カ所新設されると言ってたのに、1つも出来てない・・・

Miraiが米国でも発売されたのにこの整備状況とは、いったいやる気があるのだろうのか? 定期的にこの Locatorサイトをチェックしているが、水素ステーションは5月に 13=> 12カ所に減ったまま動きがない。一方、充電ステーションは年間+3000カ所のペースで着実に増え続けている。

米国の現状だと、FCVではほとんどどこにも行けない。水素ステーション周囲の半径200km内とロス地区ぐらいに限られ、大陸横断など夢のまた夢。しかしEVなら、Tesla Model Sぐらいの航続距離があれば、ルートは限られるし充電にとても時間は掛かるだろうが、すでに大陸横断は可能であり、東or西海岸沿いの南北旅行は問題ない。

日本でも似たような状況にある。EV充電ステーションはすでにほぼ全国をカバーしている。さらに各 EVに一つ、所有者の駐車場にも充電器が設置してあるはず。
水素ステーションは米国よりはずっと頑張っている。東京、名古屋、大阪圏、北九州圏に集中し、前3地域間は往来可能だが、大阪−北九州間はちょっと厳しい。多く見えるが、実証設備や計画中を除くと、一般客が使える所は全国でまだ 22カ所のみである。

水素ステーションには初期投資 5億円(営業費用は 5千万円/年)も掛かるのに対し、急速充電ステーションは100万円ほど(営業費用はほぼゼロ)で済み、500倍の価格差からして、ステーション数の差は当たり前すぎる必然である。

東京都内で一般客が使えるのは、芝公園、九段(移動式)、練馬、杉並、八王子だけなので、都心のMiraiは芝公園に集中するだろう。Carトップの7月の記事によると実情は:

  • 常設のステーションで「(来客は)平均すると1日6台程度ですね」
  •  移動式ステーション(なんと平日の9~13時のみ営業!)では「せいぜい1日1台です」【注1】
  • 芝公園の営業時間は平日 9-17時だけだったのが、7月から土曜午前営業も始めた

FCVは EVに比べて航続距離が長く3分で充填できるのがメリットと言うが、それは水素ステーションがあればの仮定の話であって、現実にはごく限られた所にしかない。無理に設置しても、巨額の投資は全く無駄になるかも知れず、まともな経営者なら手を出せない。建設費1億円のガソリンスタンドがどんどん廃業している現状なのに、5億円の水素ステーションの経営が成り立つとは考え難い。

FCVのCO2排出量はハイブリッド車より多いという実情では、設置する大義名分もない。将来の見込みもないのに税金を投入するのは止めてほしい、というのが率直な認識である。こういう疑問を技術展示会などの機会に、トヨタやホンダや経産省関係者にぶつけてもほとんど反論は返ってこず、「でも、カリフォルニア州のZEVクレジットがあるので・・・」で終わってしまう。

ZEVクレジットとは、販売された無公害車(Zero Emission Vehicle)に与えられる認定ポイントのようなもので、無公害さの程度に応じて一台当たりのクレジット数が設定されている。自動車会社は年間を通して、販売台数×一定比率の総クレジット数獲得を義務づけられ、達成できないと 1クレジット当たり罰金 5000ドルも課せられるので、強烈に厳しい規制である。クレジットが足りないときは、余っている他社から(交渉価格で)購入してもよい。

2017年度までのクレジットは複雑な表(pdf、p.15参照)で設定されていたが、2018年度から制度が大幅に変わる。ハイブリッド車は非対象となり、50マイル(80km)以上の航続距離(Range)を持つFCV、EV、プラグインハイブリッド車だけに、次式(pdf、p.6参照)のクレジットが与えられる:

ZEV Credit (2018-) = 0.01×Range + 0.50 (50 ≦ Range ≦ 350miles)

Range Credit
-2017
Credit
2018-
Tesla model S 70 248mile 3.0 2.98
Nissan Leaf (30kWh) 107mile*a 3.0 1.57
Toyota Mirai 312mile 9.0*1 3.62

代表的な3車のクレジット値は上表の通り(*1: 2015までは 7クレジット)。
FCVに妙に手厚いクレジット設定である。これまでハイブリッド車でクレジットを稼いできたトヨタが、FCVを売り出したくなる気持ちも分かる。ホンダはFit EVをリース販売しているものの、クレジット数が不足でテスラ社から購入していると報じられており、FCVを売りたい事情も分かる。

規制当局 California Air Resources Board(カリフォルニア大気資源委員会)がFCVに妙に手厚いのは、ブッシュ政権時代にFCV開発を後押ししてきた当事者だったこともあるし、元来の組織目的が「大気汚染対策」であり、地球温暖化対策(CO2排出削減)は二の次であったためだろう。つまり走行時の排ガスしか見てこなかったのである。しかしFCVではCO2排出は減らず(水素を化石燃料から作る限り)、エネルギーを多量に消費することが米国でも広く認識されており、当局の姿勢に対してこの記事のような批判も多く出ている。

日米ともに政策に支えられて走り始めたFCVであるが、この先どうなるのだろうか? どのような政策であろうとも、水素の物理・化学的性質を変えることはできないのである。


*a)Nissan Leafの航続距離(107mile=171km)が、日本仕様(280km、JC08)に比べてひどく短い。 測定法の違いもあるが、定義の違いが大きいと思われる。日本仕様は満充電の 30kWhを使い切った場合なのに対して、米国仕様は 20%を残して 24kWhを使った場合と思われる。電池を痛めないためには後者の使い方が好ましく、米国仕様のほうが現実的である。日産は当初、全放電での航続距離を謳っていたが、実用上の航続距離が短いとして訴訟を起こされ、仕様を変更した経緯がある。


【注1】移動式ステーションとは、25トン大型トラックに、2.5億円の水素供給設備を積んだもので、1時間にMirai 2台(ポンプ能力で制約)、最大5台まで水素を満充填できる。これが所定の場所まで毎日往復して、せいぜい1日1台、売り上げ 4千円ほどなのだから、コストとか全く度外視している。水素がいかに高くつくかを最も分かり易くデモンストレーションしていると言える。


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