「重荷五十年」あとがき

【大日本帝国と15年戦争の実像】

それぞれの手記で、客観的と思われる事柄(日付、場所、戦闘、空襲、政策、制度・・・)については、なるべく調べて裏付けを取ろうとした。大抵は対応するものがネット上で見つかり、内容の正確さを確認できたし、より深い理解にもつながった。手記に肉付けして、少しは分かり易くすることも出来た。

最も苦労したのは第21話・北朝鮮脱出で、著者が経営していた会社の情報さえ全く見つからず、脱出経路の概略も分からないままである。国交がないことの意味を痛感した。

15年戦争全般と敗戦直後の多くの局面を、これら22話はカバーしている。点でしか知らなかったことが、線でつながり、一部は面でも把握できた。各局面に居合わせて異常な体験をした人達が、22通りの見方で書き残した手記は、とても迫力がある。

大日本帝国の臣民達が、どのような艱難辛苦を強いられたかという、極めて貴重な記録である。決して読みやすくはないけれども、78年の時を経て、大日本帝国と戦争のありのままの実像を伝えてくれる。

【狂気のカルト国家】

あの頃の大日本帝国を一言で表せば、天皇一神教を奉じる狂気のカルト国家であった。オウム真理教団を国家にしたようなもので、天皇/軍部が教祖、政府は教団幹部、教育勅語が聖典・教義であり、全国民が従順な信者になることを強要された。

学校で毎朝、教育勅語を朗読し「天皇陛下のために、お国のために、喜んで死ぬのだ!」という教育を受ければ、小学生や中学生は「洗脳」されて信者にならないはずがない。「狂気」とか「カルト」とか寄稿者は全く記していないが、その有様を現代の目で想像すれば、異様な邪教集団、カルト国家と評する他はない。

世界史上で、斯くも徹底的に国民を洗脳し、カルト信者とした国家の存在を他に知らない。現在の北朝鮮など比較にならないほど、遥かに徹底して統制されていた。脱北者は数えられないほど多いが、脱日者は数えるほどしかいない。大日本帝国は、他の独裁国家と比べても、異次元の恐ろしさがある。

国民が洗脳された結果、「日本は2,600年間一つの王朝だ。世界で唯一の神国である。神風が吹き、戦争は絶対勝てるのだ」と『虚構・妄想』を本気で信じるようになると、反って為政者の選択肢は縛られてしまう。満州事変、満州国建国、国際連盟脱退と無謀・強硬な選択の連続を、国民は熱狂的に支持した。

こうなるともう誰も止められない。止めようとすれば、軍部テロの標的になる。ひたすら破滅に向かってしまった。政府の号令の下、国民全員が巨大な墓穴を掘り自ら埋まるような、崖に向かって行進し次々とバンザイ自殺するような、狂気としか言いようがない国家になった。

この『虚構・妄想』とそれを叩き込んだ教育こそが、 日本破滅の真因である。

【全国民が洗脳された奴隷】

 戦況が厳しくなると、国民ほぼ全員が奴隷も同然になった。労働も、財産も、命も、言われるままに差し出した。それでも一揆もなく、不満を表に出すこともなく、みんなで耐え我慢した(させられた)。「洗脳」の成果である。

農村に居ても、作物はほぼ全て取り上げられ、ぎりぎりの量だけが配給として与えられた。江戸時代の百姓の方が遥かにマシである。なぜなら、兵役はないし、ましてやお殿様のために死ねと言われることもない。

学童学徒も、授業そっちのけで農作業ばかり。軍需工場に動員されれば、最小限の食事で一日12時間の奴隷労働を強要された。なんとか耐えられたのは、仲間と一緒なのと洗脳されていたからである。

話は逸れるが、朝鮮半島から徴用工として連れて来られた人達は、もっと厳しい境遇であった。洗脳されておらず、より孤独で、病気でも休めずに重労働とか、二等国民としてひどい扱いを受けた。多くの人が奴隷労働に耐えられなかった。

大日本帝国では、朝鮮、琉球、アイヌは二等国民、台湾は三等国民と差別的に扱われた。しかし歴史教科書でこの事実に触れたのを見たことがない。事実を隠蔽・改竄するのは、日本政府の得意技である。

従軍慰安婦が、朝鮮や琉球から多く連れてこられたのは、二等国民との差別ゆえではないか?  彼女たちが「性奴隷」として扱われたことに、疑いの余地はない。一等国民でさえ、ほとんどが奴隷だったのだから。

話を戻すと、戦地に送られた下級兵士こそ文字通りの奴隷で、命は石ころよりも軽く、人間扱いされなかった。連戦連勝の中国戦線でさえ、十分な糧食も補給もなく、現地調達という名目の略奪を余儀なくされた。従って強姦、殺人などあらゆる犯罪行為を犯した。

南方に送られた兵士達も、始めは慰安所などで余裕をかましたが、補給航路を断たれてからは飢えるばかり。連合軍の上陸にはろくに抵抗も出来ず、しかし降伏は許されず、ジャングルに「転進」した。棄兵である。待っていたのは飢えとマラリア。大半が餓死、病死した。多くは遺骨さえ戻っていない。

敗戦間際、14、5才で志願した少年達は、戦場に送られずに済んだが、やはり奴隷扱いされた。軍隊教育という名目で、上官から徹底的にいじめられ、痛めつけられる日々だった。

より年上なら、次々と新設された特攻部隊に配属された。文字通り「天皇のために死ね」を実行させられた。だれしもが不条理を感じながら、だれも抗えなかった。

さらには、一億総特攻、一億玉砕さえも叫ばれた。世界史上に例のない、国民全員をも犠牲にせんとする、狂気のカルト国家である。これほど反国民的で亡国的な政府を、他に知らない。

このような奴隷扱い、狂気、飢え、隠しようのない戦況の劣勢から、8月15日時点で国民の洗脳はかなり解けていた。玉音放送は虚脱と共に、大きな安堵でもあった。敗戦後も軍の目立った抵抗はなく、捕虜となった者は待遇の良さに驚き従順に協力した。国民はマッカーサーを新たな天皇として受け入れた。「死ね」と言われないだけ、裕仁より遥かにマシだった。

敗戦後も、北朝鮮や満州では、侵略の尖兵として送り込まれた移住者や開拓民に多大な犠牲が出た。ソ連の侵攻を予期した関東軍は、意図的に開拓民を置き去りにした。棄民である。本土に戻す気さえなかったことが、ソ連が押収し、後に公開された関東軍機密文書から明らかになっている。

【受け継ぐ世代の責務】

22の手記に「戦争はこりごり、平和が一番」という趣旨の思いは共通ながら、突っ込んだ考察はあまり記されていない。例外は、明治憲法の欠陥を指摘した人と、引揚者への国家賠償請求運動に尽力した人ぐらいであろうか。

いや、それは過度な要求である。あの時代を生き抜き、異常な経験を書き残してくれただけで、感謝せねばならない。思い出したくもない忌まわしい記憶、重荷を50年も背負ってきて、ようやく下ろすことが出来たのだ。しかし発刊からすでに28年、我々が放置している間にほとんどの寄稿者は鬼籍に入ってしまった。

なぜあんな戦争に突き進んだのか? だれの責任なのか? 二度と繰り返さないためにはどうすれば良いのか? という重い問を常に意識し、それを政治参加に活かし、次世代に繋ぐのは、我々の責務である。

【大日本帝国の残党と自民党憲法改正草案】

我々世代がのほほんとしている間に、特にここ20年間、大日本帝国の残党というべき一派が大きく勢力を拡げてきた。一派とは、日本会議と神道政治連盟である。2つは、一派の2側面であり、兄弟組織とも見なせる。日本会議国会議員懇談会と神道政治連盟議員懇談会には、自民党の大半の議員が参加し、戦前からの世襲議員らが役員に名を連ねている。

一派は「美しい国」とか「伝統的な日本」とかの、空疎かつ虚偽のキャッチフレーズで、保守/右翼票を集め、復古的法案を推進してきた。そして2012年、自民党憲法改正草案という形で、彼らは初めて本音を剥き出しにしてきた。

草案の骨子は、天皇は元首、軍の復活、基本的人権の制限であり、国民に様々な義務を押し付けるばかりで、憲法ですらない代物である。一派の真の目的は、大日本帝国の復活であることを、彼ら自身が明確に示した。

憲法が分かっている人々は、この草案に驚愕した。憲法と民主主義を壊し、悪夢の大日本帝国を復活すると、自民党が宣言したも同然だからである。国民に牙を向けてきたのだ。たいへん多くの人が危機感を抱き、民主主義を護る市民運動に献身し始めた。草案の中身をちゃんと理解すれば、ほとんどの国民は拒否するだろう。本音を晒したことで、逆に彼らは守勢に回ることになったのである。

この一派の核となる人物は、実は非常に少ない。20名ぐらいではないか。大半の議員は、たんに集票にプラスになるぐらい感覚で名を連ねているだけの、いわば烏合の衆である。戦前に戻したいと本気で思っている「狂人」は、ごく少数である。

これら議員懇談会に加わっていると選挙で不利になる、議員会館の自室に教育勅語の掛け軸を飾っていたら忽ち落選する、そういう日本にせねばならない。それが歴史から学ぶということだ。

大日本帝国と15年戦争の実像を知り、日々の政治活動に直結させてこそ、日本310万人、東アジア2000万人超の戦争犠牲者を本当に弔い、日本を真の民主主義国にすることができる。

【自民党の大日本帝国的政策で衰退する日本】

憲法と民主主義の破壊以前から、経済の停滞と国民生活の破壊が続いている。それはバブル経済崩壊後の政策が、国民に負担とガマンを強いるだけの、大日本帝国的なものになったからである。国民を家畜化、奴隷化する政策である。

消費税を上げ、雇用は非正規化する。税金はより重く、給料はより安くなれば、国民は必然的に貧乏になり、日本経済も停滞する。企業は国内市場の低迷で、依って立つ基盤が弱くなり、国際競争力を失うばかり。

過去25年間、日本のGDPはほとんど伸びていない。世界でかくも低迷している国は日本のみだ(内戦当事国を除く)。日本だけが落ちこぼれている。日本だけ間違った経済政策なのだ。

この間、科学技術力も衰弱の一途である。政府が中央集権的に関与、統制の度を強めて来たのが、まるで逆効果になっている。政権や官僚の浅はかな考えで研究や技術を統制するのは、マネをすれば済む後進国でのみ通用する手法だ。より多くの人が、より自由に闊達にアイデアを競える社会を作らなければ、日本は底なしに零落する。

反国民的で亡国的な政府が、再び目の前にある。大日本帝国の残滓が至る処に顔を出し、国民を苦しめている。大日本帝国的なものを一掃しなければ、もはや命さえも危うくなっている。

22の手記は、過去を語るだけではない。現在を見る目を教えてくれる。自民党に殺される前に、彼らを退場させるべきことを教えてくれる。

2023年8月27日

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