リニア用超電導磁石の概要
超電導磁石(SCM=Super Conducting Magnet)は、液体He温度(4.2K以下)に冷却されており、4つ一組で連接台車の両側に配置される。最長16両編成なら、136個ものSCMがある。SCMは長円形で、長さ 1.1m、高さ 0.55mほどと画像から見える(ピッチは 1.35m)。
磁場の強さは〜1T(テスラ)で、700kA(!、ターン数不明)もの電流が長円形のコイル内を流れている(公表されてないが、例えば鉄道総研やこの資料 16ページなどに記載あり)。円形電流が中心に作る磁場の式: H=I/2r(rは円の半径)からも、700kAでほぼ 1Tになることが分かる(1T=796 kA/m)。電流の向きは隣り合うSCMでは逆で、磁石のN極S極が交互に並んでいる。
1Tは非常に強い磁界である。市販品最強のネオジム磁石の表面は 〜0.5Tで、コインサイズでも磁石同士がくっつくと引き離すのが難しいほどだ。それを面積で2000倍、強さをさらに2倍にしたのが、リニア用のSCMである。
この強い磁場は、台車廻りの日常整備にも大きな制約になる。JR東海の計画では、整備士が直に見て触る、いわゆる点検整備は2ヶ月に1回のみであることを、本シリーズ#2で既に述べた。
MRI検査装置のSCMは細心の注意で管理
病院でMRI検査(Magnetic Resonance Imaging)を受けたことがあれば、SCMの輪の中に身体を横たえ、〜1.5Tの磁場に晒されている。MRI検査室は極めて厳重に管理され、一切の金属類を外し、着替えて入室する。
よくある事故は、病院関係者がうっかり不注意で、MRI室に鉄製のものを持ち込むと起こる。あっという間にSCMに吸着して、もはや引き離すことも出来ない。もし人間が挟まれれば生死に関わる。このサイトに事故例の写真がある。
こうなると非常ボタンを押して、SCMを停止、つまり超伝導状態を消失(クエンチ)させて磁場をなくすしかない。電気抵抗がゼロから有限になり、(例えば)700kAもの電流が莫大なジュール熱を発生しつつ、減衰していく。液体He(沸点4.2K = -269℃)は激しく沸騰し、この動画の如く、まるで爆発のように白い煙が大量に噴き出す。白いのは、空気中の水蒸気がHeで冷やされて霧になるからである。
リニア中央新幹線は、こういう危ないSCMをほぼ剥き出しにして、左右に計136個も抱えて突っ走るのである。
安全対策はひたすら距離をとること
強い磁界の影響を避けるためにJR東海がやっているのは、ひたすら離すこと、無駄なスペースを大きくとることだ。
新幹線とリニアの駅を比べると、リニアは1.45倍も幅広い。地下駅の建設費が高くなるのは、この幅にも一因がある。列車の幅自体は、新幹線 3.36mに対して、リニアは 2.90mと狭いのにである。
隣り合う車両中心間の距離も大きい。駅では約7.6m、トンネルや高架などほとんどの軌道上では5.8mである(新幹線は4.3m)。リニアの方がトンネルは大きく、高架橋も幅広い。建設費が高くなるはずである。
リニア車両の端と、ホームの柱の外/内側の距離を図から測ると、2.8/4.7mになる。次の図も参考にすると、おそらく、柱の内側の位置に壁を設けて、乗客が4.7m以内に近づけない構造にすると思われる。柱の内側の間隔は6.6mあり、ホームとしては十分な幅が残る。
航空機のような乗降口
右図は山梨実験線の乗降通路を示す(国交省技術検討 24ページから抽出、赤四角と矢印は磁気シールドを示す)。列車のドア全てに対応して、伸縮する乗降口があり、乗客を決して、SCMに近づけないようにする。
16両編成なら、16組の乗降口それぞれで乗客が全員乗ったことを確認し、ドアを閉めて、蛇腹の通路を縮めて離し、ようやく列車は出発できる。駆け込み乗車などそもそも出来ない。モニターカメラだけで安全を確認するのは難しいだろう。16組の乗降口の伸縮、ドアの開け閉めを、だれがどこで操作するのか? 駅員を16人も貼り付けるのか? 駅員間の連絡はどうするのだろうか?
到着時も、乗降通路が伸びて列車に密着してから、始めてドアを開けられる。乗り降りに余計な時間が掛かるのは確実なので、リニアの速さはけっこう相殺されるだろう。途中駅では、通路の伸縮動作の両方を行うので、停車時間はどうしても長くなる。
右は乗降口の写真である。奥に列車の乗車口が見える。まるで飛行機の搭乗ゲートと同じだ。そのうち、国内航空便のように、発車15分前にはゲートで待機せよと客は要求されるかも知れない(笑)。
席が狭いのに、定員は少ない
上図は中間車両の透視図で、座席配置が分かる。乗降口も含めて、台車つまりSCMからの距離をとっている。連接台車方式にする必然性が理解できる。シートピッチを88cmにまで短くしているのに(N700系は104cm)、17列、68席しかない。乗降口は一両に一つだけなので、これも乗り降りに時間が掛かる要因になる。
左図は車両の磁気シールドの概略を示す。SCMはもちろんのこと、駆動コイルからの磁界に晒されないよう、客室全体がシールドされている。台車の上部にも通路が設けてあり、車両間の行き来は出来るようだ。
トイレや給水設備などついては、記述が全く見つからない。全く無しには出来ないだろうから、どうするのだろうか? 水タンクなどでどうしても重くなるので、車両の重量バランス的に悩ましいことであろう。設置するとしても、航空機用の狭いものが流用されるのではないか。
軌道内に鉄片があると・・・
ガイドウェイ方式のリニアは軌道内の障害物に弱い。レール式やモノレール式なら、先頭車両に排障器をつけて障害物を跳ね飛ばせば済むのに、リニアだと障害物(破片)は軌道内に残り続けるからだ。10cmの浮上高さよりも小さいものは、列車の下に入り込む。特に厄介なのが磁性体(鉄)で、小さなものでも深刻な問題となり得る。
超強力磁石を左右に136個も抱えて走るリニアは、軌道内に何らかの鉄片があれば、風圧で巻き上げてほぼ確実にSCMに吸着するだろう。巨大な鉄くず回収機のようなものである。鉄片とは、釘、ネジ、ボルト、工具類、ワイヤー、鉄棒、線材、トタン板、鉄粉、スティール缶、フライパン、鉄瓶・・・とかである。
吸着で様々な悪影響が考え得る:
– 吸着の強い衝撃だけで、SCMがクエンチ
– 吸着の衝撃でケースが傷つき、冷却性能が失われて、SCMがクエンチ
– 車体外側に吸着した鉄片が、浮上・案内コイルを損傷
– 吸着した鉄片で磁力線が遮られ、SCMの性能低下
– 吸着した鉄片が、タイヤ上げ下ろし機構などに干渉
– 鉄片を外すには、車両基地に戻ってSCMを消磁するしかない・・・など
ボルト1本、鉄棒1本でも、リニアの運行を止めざるを得なくなる可能性がある。鉄片が軌道内に入り込むのは、気象条件(強風によるトタン板の飛来)、人為ミス(工事作業者の工具置き忘れ)などもあり得るが、これらは十分に回避可能と思われる。しかし意図的な妨害であれば、完全に防ぐのは難しい。
妨害を防ぐには、全線を実質的にトンネル化か
国交省技術評価 p. 30に「侵入・障害物対応」の記載を見る限り、障害物が置かれないように「走行する空間、軌道の万全な管理を行 うこと」ぐらいしか対策がないことが伺える。軌道の上方が空いていると、ドローンなどから投下できてしまうので、防音フード(明かりフードとも言う)などで覆って、全線を実質的にトンネル化するしかないのではないだろうか。
そうすると技術評価 p. 31の「火災・避難」に記載の「火災発生/検知時には、原則として次の停車場又はトンネ ル(緩衝工、明かりフード区間含む)の外まで走行し て停止し、避難する」とは矛盾してしまう。火災時には上部が空いた区間で停まりたいのだが、それが妨害対策とは両立しないのである。
本シリーズ#5で論じるが、もし火災でトンネル内で停まらざるを得なくなると、全員が無事に脱出するのは至難との印象を持たざるを得ない。車両内部からの出火を確実に防ぐために、乗客の持ち物検査が必須になるかも知れない。そうすれば、飛行機にまた一歩近づくのではないか。土管のコンコルドである。
剥き出しの超電導磁石で悪循環
超電導磁石が剥き出しという筋の悪い方式を採用してしまったが故に、強引無理ばかりを通さざるを得なくなっている。幅広い軌道・トンネル・駅にせざるを得ず、乗客をSCMから隔離するために、定員を少なくし、乗り降りを不便にしている。台車整備にも不都合を来している。軌道内に鉄片投げ込みという妨害に弱いので、ほぼ全線を土管にすべきではないかと思われる。そうすると、いざ車両火災が起こったときに、避難がたいへんになる。
筋の悪い技術を選んだことで、悪循環の如く、様々な問題が派生している。「失敗」の典型事例になる未来が約束されているのではないか。