全線の86%がトンネル
500km/h走行を可能にしている最大要因は、ルートの直線性である。軌道の最小曲率半径を 8kmと大きく設定してある(直径16kmの円周、C2(首都高外側環状線)がすっぽり収まる円の大きさ)。比較のため、東海道新幹線は 2.5kmで、東京—新横浜間には曲率半径 400mの急カーブもある。
直線的なルートとするために、山岳部はほとんどトンネル、土地買収が難しい大都市圏では全て大深度地下トンネルとしている。その結果、ルートの86%がトンネルになるという。品川—名古屋間の路線距離も、リニア 286km、東海道新幹線 335kmと、15%も短い。
小さい車体に大きなトンネル
上と左図は、国交省技術検討 13ページから抽出したもので、トンネルの縮尺に合わせて、列車を配置している。リニアの車体は小さいのに、断面積の大きいトンネルを使っている。
トンネルの有効断面積は、在来型 62m^2、リニア 74m^2である(別の国交省資料 13ページ)。列車投影断面積との比は、在来型 5.1、リニア 〜8.9(上部が丸いことを考慮)となる。
トンネルが大きければ、掘削コストは上がり、残土処理はたいへんになり、水枯れを引き起こす怖れも増す。車体が小さければ乗車定員は減る。それでも、こうせざるを得ないのは、500km/hでの列車すれ違い時の風圧や微気圧波/騒音の問題が大きいのであろう。
ゴロゴロゴロ ドーーン
これほどトンネルを大きく車体を小さくしたにも拘わらず、リニア新幹線がトンネルから出てくるときの音は、かなりスゴい。山梨県立リニア見学センターの駐車場で、筆者が初めて聞いたとき、『ゴロゴロゴロ ドーーン』とまるで雷鳴のようで驚いた(7両編成)。やや遠めの雷鳴ではあるが、(営業運転なら)1時間に10回以上聞かされるので、トンネル出口に近い民家は大迷惑に違いない。
御坂町上黒駒にある山梨実験線の高架橋は、写真のように防音フードで完全に覆われており、実質的にトンネルである。景観を遮るデカい「土管」は住民には目障りであろうが、「雷鳴音」よりはマシと言えるだろう。
約4km西の御坂町竹居で、山梨実験線のトンネル出口が見える(手前の駐車場は「リニアの見える丘花鳥山展望台」)。実験線の終点に近いので、ここを通過する列車はさほど高速ではない。まるで銃のサイレンサーのように見える構造物は、「緩衝工」と呼ばれる防音対策である。
列車が空気を押しているので、トンネル突入時に先頭部分では気圧が高くなる。それが列車より速く伝わるので「ゴロゴロゴロ」、列車がトンネルを出る時に「ドーーン」と最大音が鳴る。この現象は「微気圧波」と呼ばれる。「トンネル突入による圧縮波の波面勾配は、列車速度のほぼ3乗に比例」とのことで、高速になるほど厄介である。
この論文によると、実験線で500km/hの3両編成が通過する時のトンネル内圧力(入り口から150m)を測ったところ、概ね、先頭車通過時に +0.04気圧、最後尾車で -0.04気圧であった。比較のためにこの速報を紹介すると、458Pa(=0.0045気圧)の空振でガラス破損が多発したという。もちろん列車の場合は、トンネル出口から広く拡散するので、気圧変動の値は急激に小さくなり、ガラスが割れるようなことはない。
山梨県富士川町が、リニア軌道予定地近くの住民を対象にアンケート調査したところ、回答率 51.6%で、回答の 85%が防音フード設置を求めたという。この住民意向が例外でない限り、いずれほとんどの高架橋は防音フードで覆われることになるのではないか。ルートの86%どころではなく、おそらく95%以上が実質的なトンネルになるのではないか。
民家がある地域で、(防音フードが無くて)リニアの走行を見ることが出来るのは、山梨、飯田、中津川の地上駅付近だけになるかも知れない。駅周辺の住民は、通過列車の度に「ゴロゴロゴロ ドーーン」を聞かされそうである。
地下の中間駅は?
懸念されるのは、唯一の地下中間駅である神奈川県の橋本駅である。トンネルの中間を太くして駅を設けるので、圧力や音の逃げ場がなく、構内に圧力変動がモロに掛かるし、ものすごい轟音が響き渡るのではないか? JR西が新幹線トンネル内でやっていた風圧研修もどきになりかねない。
【注】品川から橋本までは全てトンネルなので、下り列車による微気圧波は、非常口付近(断面積が不連続に大きい)に起因するものだけになるのではないか。上り方向は、約10km手前の相模川橋梁でトンネルが一旦切れるので、微気圧波は起こる。しかし、もしこの橋梁を全て防音フードで覆うならば、微気圧波は起こりにくいだろう。他方、橋本駅付近で上り下り通過車両のすれ違いを考えると、圧力変動や騒音の問題は依然として深刻と思われる。後述。
右図で緑線は筆者が追加した。緑線を境界に、気密性・防音性のある壁、床、窓、ドアで仕切るべきと考える。乗客やB1、2Fの一般客が、圧力変動や騒音の影響を受けないために。
しかし直通列車が通過するとき、橋本駅に停車した列車には乗降通路を通して乗客が乗り降りしているはずだ。蛇腹を伸ばした乗降通路の気密性が良いはずがない。列車のドア周辺で隙間があるのだから。さあどうするのだろうか? 「構わず強行」を避けるならば、例えば:
a) 列車が通過してから、ドアを開けて乗降を始める
b) 橋本駅では通過待ち合わせをしない
c) 橋本駅通過時には速度を落とす
より深刻に思われるのは、橋本駅付近での上り下り通過車両のすれ違いである。上に挙げた論文の計算予測では、500km/hの最長編成がトンネル内ですれ違うと、最大で +0.15、-0.19気圧変動するという。地下駅付近は断面積が膨らんでいる分、この値よりはかなり小さくなるはずではあるが、恐ろしいぐらい大きい値である。
トンネルばかりなので、このような気圧変動はなかなか減衰せずに遠方に伝わる。例えば、橋本駅前後の±10km区間だけをすれ違い禁止にしても、ほとんど意味がないのではないか? とすれば、速度を落とすか、全列車停止しか解がないと思うが、どうだろうか?
相模原市での事業説明会資料(2014年)を見る限り、仕切りなど何も言及がなく、25,26ページの駅断面イメージ、透視図は、(列車の断面形状からして)在来型新幹線の例を流用した手抜きだと思われる。これではまさに風圧研修になってしまう。JR東海は地下中間駅の問題を十分認識しているのか?
国交省技術評価 p. 14に「乗降装置-地下・通過用」の項目があるので、何らかの問題意識があるのは間違いない。しかし中間駅の乗客をどう保護するのかには、全く触れていない。
トンネル掘削で大井川の流量が減少の予測
本シリーズ#1で紹介した日経ビジネス記事の冒頭に、静岡県の川勝知事が登場するのは象徴的意味がある。南アルプスを貫通するトンネルを掘削すれば、大井川の流量が 2m^3/秒ほど減少するとの予測を、2013年9月にJR東海が発表した。驚いた静岡県はJR東海と協議を続けているが、未だに合意できず、従って本工事も始まっていない。
2m^3/秒は、1か月間にすると518万m^3で、20万7千世帯の需要に相当する莫大な量である(4人家族の平均的水道使用量は 25m^3/月)。慢性的な水不足に悩む静岡県にとって、正に死活問題である。
「リニア中央新幹線は大井川の巨大水抜きパイプ」とその名もズバリのサイトに、この問題に関する詳しい解説がある。
左図から分かるように、静岡県内のトンネル湧水は、主に山梨県側のはるか低いところに流れ下ってしまう点に、対策の難しさがある。
静岡県の要求は至極当然で、「トンネル湧水を全て大井川に戻せ」あるいは「大井川の流量を減らすな」なのだが、実現は難しいとJR東海はごねていた。リニアが開通しても直接メリットのない静岡県としては、私企業であるJR東海のために犠牲になる義理は一切ない。静岡県内を通らないようにルート変更してもらうのがベストであろう。
しかしそうすると、開業時期が延びてJR東海は困るので、2018年10月「トンネル湧水を全量、大井川に戻す」との姿勢に転換している。静岡県は「大井川の流量が減らない」との確信が得られるまで、丁寧な協議を続けるものと思われる。
山梨実験線のトンネル掘削で多数の水枯れ発生
大井川や南アルプスが特殊な地質や地形だから、この問題が起きる訳ではない。むしろ、川や谷の下にトンネルを掘れば、ほぼ確実に水枯れが起きると言うべきである。水枯れが起きないで済むのは、不透水の安定した岩盤があるような、例外的な好条件の場合だけである。
山梨実験線沿いの水枯れ現場をまとめた記事によれば、JR東海は工事前の調査で、これら水枯れが起こることをほぼ正確に予想していた。こちらの資料に予測と実際の比較表がある。(これは2014年8月に公開した岐阜県向けの環境影響評価の水資源に関するもの。山梨実験線でこれだけピタリと当てたと自慢したいのであろうか?)
上記の比較表で、JR東海が認めている水枯れ地点を、下の地図に赤 X 印で記入した。
水枯れという環境破壊が起こることを百も承知で、ルートの直線性を優先して工事を確信犯的に進めていることが伺える。実際に水枯れが起こり、住民から復旧要求が出れば、JR東海は代替の水源の手当をする。ただし責任を負うのは20年間までで、それ以降は野となれ山となれである。
長崎新幹線のトンネル工事 22カ所のうち、10カ所の周辺で、河川や湧水の流量が減る減渇水が起きているという。先祖伝来の豊かな湧水の土地で、農業用水はもちろん飲み水にも不自由する事態が起こっている。トンネル工事とは、かくも高い確率で水枯れを起こす、自然環境破壊なのである。
トンネル内の火災事故は悪夢
騒音対策で防音フードを設置する、投げ込み(妨害)対策で明かり区間も防音フードを設置するならば、ほとんど全線が実質的にトンネルとなる。何かトラブルが起きて、停車を余儀なくされたとき、そこはトンネル内だと想定すべきである。
復旧ないし救援列車を車内で待つことになる。しかしもし火災が発生すると、待っている訳にはいかない。乗客は避難を余儀なくされる。「火災発生時は、次の停車場又はトンネルの外まで走行して 停止」(技術評価 p. 31)が原則なのだが、「万一、それ以外の場所に停止した場合は、保守用通路を通 り、最寄の避難口から避難する」ことになる。
左図は大深度地下トンネルの場合で、乗客は中央通路に降ろされる。大きな円形断面のトンネル下部には保守用の通路があり、そこには外気が送り込まれることになっている。換気機能が生きていれば、たとえ火災の煙がトンネル上部に立ち籠めても、保守用通路に入り込めれば大丈夫そうな感じである。後は換気塔まで歩いて行き、地上に出る。
しかし保守用通路への入り口が、どの程度の頻度で設置してあるのか、列車の停止位置との関係や、各車両の乗客がどう誘導されるのか、詳細は不明である。
他方、山岳トンネルの場合は、側方通路に降ろされる。トンネル断面はかまぼこ形で、どちらかの方向に換気が流れている。従って風下は火災の煙が充満する。これだけで、火災車両よりも風下にいる乗客はいったいどう避難するのだろうかと、不安100%になる。
どちらのトンネルの場合も、乗客が降りる前に、乗客が通る側のSCMはクエンチしておく必要があると思われる。さもなくば、乗客が持っている(磁性)金属が(側壁を通して)SCMにくっつき、身動きとれなくなる怖れがある。
クエンチすべきSCMが、先頭ないし最後尾車両の8個ぐらいで済むのか、それとも降車する側全てのSCMなのかは、どう避難させるかに依存する。クエンチすると、台車から猛烈な勢いで白煙(霧)が出て、トンネル内に充満するだろう。たいていの乗客は火災が拡がったと不安を感じて、パニックになりかねない。トンネル内は湿度が高いので、霧は濃くなかなか晴れないだろう。換気が生きていれば、風上の車両は良いとしても、風下は危うい。
火災車両より、風下側の乗客はどう避難するのだろうか? 先頭車両が火災で風上だったらどうするのだろうか? リニアには、運転手は居ないものの、3名の乗務員が居ることになっている。3人の乗務員で、乗客の不安に対処できるのか? 適切な誘導は出来るのか? 疑問は尽きない。
もし車両火災が起こり列車が停まれば、それはほぼ確実にトンネル内である。乗客は避難を余儀なくされるが、全員が安全に避難できるような手立てはまだ出来ていないように思われる。
「リニアの強引無理 #5:トンネルと騒音、水枯れ、避難」への1件のフィードバック