自民党「憲法改正草案」の鎧と刃(4)岸信介と谷口雅春

  • KishiNob
    岸信介
    TaniguchiMasaharu
    谷口雅春
    憲法でなく、支配層(自民党)が国民に課す基本法
  • 国家主義であり、基本的人権を制限
  • 自衛と称すればあらゆる戦争が可能
  • 緊急事態条項で無制限・無期限の独裁が可能
  • 自民党の極右体質・本音を自ら露出
  • 1930~45年の大日本帝国への回帰を目指す

 


正気の人が書いた条文とは思えない。新設されてしまえば世界に例を見ない悪法になる」と元最高裁判事・浜田邦夫氏に厳しく批判された緊急事態条項を始めとし、自民党憲法改正草案は全体がトンデモものであり、時代錯誤に満ちている。大日本帝国憲法と比べても、国民の義務が 2→21項目に増えるなど(天皇の位置づけ以外は)大幅に後退している。総じて、治安維持法が強化され国家主義・全体主義にどんどん傾いていった 1930~45年の大日本帝国の雰囲気が漂う。

中身を知ればたいていの人が仰天するような草案、ネトウヨが鉛筆なめながら書いたような草案を、自民党はなぜ恥ずかしげもなく公表したのだろうか? 国民の間に日本史上最悪の時代(1930~45年)への拒否感は根強いのに、その時代への回帰心理を隠さないのはなぜだろうか? いつの間に自民党は極右政党に変わったのだろうか?

はっきりしてきたことは、自民党トップ(安倍晋三)とコア支持者たち(生長の家原理主義者)は、どうも本気で真面目に 1930~45年の大日本帝国への回帰心を抱いているのだ。ここで生長の家原理主義者とは、教祖・谷口雅春の戦前の教えに忠実な人たちであり、日本会議など安倍政権を支える随所に彼らの姿が見える。なお、彼らは現在の生長の家本部(総裁・谷口雅宣氏)とは対立的である。1983年以降、生長の家は右翼的な政治活動を止めて、リベラルで環境問題に関心を寄せる教団に転換したためである。

草案が発表されたのは 2012年4月27日で、まだ谷垣総裁の時期であり、2009年の総選挙に大敗し、衆議院議員 119名に減った野党であった。多くの支持団体が民主党詣でに忙しい中、変わらぬ支持を与える日本会議の発言力は相対的に高まったはずである。「(日本会議が求めるような)改憲草案をはっきり打ち出さないと、自民党の存在自体が危なくなる」という論議があったものと推測する。安倍氏はその急先鋒であったろう。

安倍氏にとって1930~45年は、母方の祖父・岸信介が統制経済で満州国経営を推進したことで名を上げ、帰国しては商工大臣として活躍した時代である。しかし満州国の実態は、関東軍が始めたアヘン生産・販売により莫大な収益を得ていた。非常に多くの中国人をアへン中毒、やがて廃人にする犠牲で成り立っていたのだ。

岸氏は戦後になっても「此の戦は飽く迄吾等の生存の戦であって、侵略を目的とする一部の者の恣意から起こったものではなくして、日本としては誠に止むを得なかったもの」と侵略を認めず自衛戦争との立場を取り、「民族の魂が表現された憲法」の制定運動に努めた(WikiPediaより)。安倍氏はそういう祖父を深く敬愛しているそうだ。

1930年は生長の家教祖・谷口雅春氏が『生長の家』誌を自費出版した年であり、その発行日は立教記念日とされている。当初、谷口氏の教えに特に尖ったところはなかったようだが、「第二次世界大戦期に急速に右傾。国家主義・全体主義・皇国史観・感謝の教えを説いた。こうした教えを記述した雅春の著作は、信徒間で「愛国聖典」と呼ばれた。「皇軍必勝」のスローガンの下に、金属の供出運動や勤労奉仕、戦闘機を軍に献納するなど、教団を挙げて戦争に協力した。なお当時の信者には、高級軍人の家族が多くいた」。(WikiPediaより)

彼は戦後になっても「(負けたのは)無明(まよい)と島国根性に凝り固まった「偽の日本」であって、本当の「神洲日本国」は敗れたのではない」と敗戦を認めておらず、「明治憲法復元運動」を起こして右翼政治運動に傾注していった。

安倍晋三氏と生長の家原理主義者たちが出会ったとき、岸信介と谷口雅春の遺志が出会ったときから、現在の安倍政権が萌芽を始めたと言えるだろう。彼らは本気で1930~45年の大日本帝国に回帰しようとしているのではないか。

自虐史観と言う言葉がある。戦後生まれの私などからすれば、「1930~45年の大日本帝国」を客観的に歴史として見ており、日本史上最悪の時代として教訓を引き出す対象である。『戦後の我々の日本』とは全く別物であり、「自虐」という表現はピンとこない。しかし、1930~45年に回帰したい人たちにとっては、なるほど「自虐」になるのだろう。当時を自分たちの時代と思う人たちが使う用語なのだ。

下の動画は幼稚園児に軍歌を斉唱させたり、教育勅語を斉読させることで有名な塚本幼稚園である。塚本幼稚園の経営者は生長の家原理主義者と見られる

 

まるで北朝鮮を想起させる、戦時中の日本でもあまりなかったと思われるぐらいの、怖くおぞましくドン引きする情景である。これが彼らの理想なのだろうか? 首相夫人・安倍昭恵氏はここがお気に入りのようで、2014年には4月25日12月6日と2回も訪れている。
安倍晋三氏は金正恩が羨ましくて仕方がないのではないかと察する。


追記(2016-05-02):塚本幼稚園は小学校「瑞穂の國記念小學院」を新たに開校するという。幼稚園卒園者が一般の小学校に入ると、洗脳が解けてしまうか疎外されるためらしい。安倍昭恵氏は名誉校長に就任している。いかに軍国教育がお気に入りかが窺える。


「自民党「憲法改正草案」の鎧と刃(4)岸信介と谷口雅春」への1件のフィードバック

  1. 「谷口雅春」でグーグルで検索してたどりつきました。
    2006年に故森松俊夫氏により、亡父(栗原利一)のスケッチ帳とアルバム2冊が破壊工作に会いました(「森松俊夫氏の二度目の犯罪 思考錯誤」、「森松俊夫氏の正体 思考錯誤」でグーグル検索していただくと表示されます)。
    真剣に大日本国帝国憲法に即刻、復帰しろ、などということを考えている人たちが多数いるのですね。

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