<本書の要約>
- 『古事記』は神代の歴史であると同時に、未来への預言
- 日本天皇陛下の御統治は『知ろすめす』である
- 日本人は優良民族である
- 日本の国土が全世界に拡り、天皇陛下が世界を統治し給うべき御位を持つ
- 敵はユダヤ民族の世界征服の野望であり、その現れが共産主義国・ソ連
- 日本国の使命を信じ、一致団結するために、国民思想を作興すべく生まれたのが『生長の家』
<概要>
生長の家教祖・谷口雅春氏は膨大な数の著書を遺しているが、その中で生長の家原理主義者たちにとって最も重要なものの一つと思えるのが「古事記と日本国の世界的使命」である。私が要約すれば上記6項となり、ふつうの感覚をお持ちの方ならば「分かった、もう結構」と言われることだろう。『古事記』を恣意的に解釈して、日本は世界を統治する使命があると説いている。皇国史観、国粋主義の過激な一例であり、1936年発刊当時の戦争前の雰囲気を色濃く反映し、侵略戦争を煽り、正当化している。
なお生長の家原理主義とは、菅野完氏の連載記事【草の根保守の蠢動】でしばしば用いられる表現であり、私はこれを「教祖・谷口雅春による戦前・戦中時の国粋主義的な教え」と理解している。ただし生長の家の元々の立教・開宗の教えとは大きく異なると思う。
<出版の経緯>
雅春氏の膨大な著作のなかで「古事記と日本国の世界的使命」が特異なのは、GHQにより占領時代は発刊禁止であったことだ。最初に出版されたのは、1936年9月、黒布表紙装と呼ばれる装丁の『生命の実相』全20巻の第16巻としてである:
神道篇 日本国の世界的使命
第一章 古事記講義
第二章 皇軍の倫理
第三章 世界秩序の崩壊と再建
第四章 戦勝祈願の倫理
第五章 理念のための戦争
第六章 余の国家主義
幸福生活篇 幸福生活への根本真理
・・・(以下省略)・・・
GHQが発禁処分としたのは、「神道篇 日本国の世界的使命」全体(第一章~第六章)である。占領が終わっても、神道篇全体が復刊されることはなく、第一章の「古事記講義」だけが「古事記と日本国の世界的使命」と題して、2008年9月に復刊された。
なぜ雅春氏は全体を復刊しようとしなかったのか? それは彼自身が内容を少しは反省しており、もう出版しないつもりだったと解する他はない。第一章の「古事記講義」だけでも過激なのに、他の章は題名からして、もっと強烈に戦争を煽り正当化しているものと察する。GHQが発禁処分としたのも無理からぬことで、ヒトラーの「我が闘争」のような書籍と見なしたと思われる。
では、雅春氏本人が手を付けなかったものを、2008年になって、だれがなぜ復刊したのだろうか? 現在の生長の家はリベラルエコロジー教団であり、このような内容の書籍の復刊など論外のはずである。
実は雅春氏の大部分の著作権は「生長の家社会事業団」が保有している。その経緯は「事業団」HPに記載されている。「事業団」と生長の家「教団」の方針が食い違うようなことは、通常はもちろんあり得ない。しかし「教団」が右翼運動から手を引き、リベラルエコロジー教団に転換し始めてから教団内に亀裂が生じる。「教団」HPの記述によると、「事業団」理事長の恣意的人事により、理事会は2006年に反教団派(右派)が多数となり、「教団」に離反する行動をあからさまに取り始める。その第一手が「古事記と日本国の世界的使命」の出版である。
これに対して「教団」は、発刊の前日付けの声明で出版を非難し、教祖・雅春氏自身が古事記の解釈には間違いがあったと認めているとしている。「教団」は出版差し止めや著作権の帰属を裁判で争ったものの、敗訴が確定。そのほかの著作権についても、現在係争中である。生長の家はリベラルエコロジーな「教団」本体と右派原理主義とに事実上分裂しており、右派には「事業団」や「谷口雅春先生を学ぶ会」などがある。
以上の出版の経緯から、「古事記と日本国の世界的使命」が生長の家原理主義者たちにとっていかに重要な意味を持つかが分かる。
<論評>
意外に読みやすい本である(神様の名前を除く)。1935年11月11日~20日に行われた雅春氏の連続講義を、筆録して書籍化したものだそうで、元が話し言葉だからであろう。雅春氏は非常に話が上手く博識であったに違いない。軽妙な例えや、さまざま引用で話を次々と展開・飛躍させ、聴衆は耳に入った言葉を追いかけ続けているうちに、なんとなくそうかなと思い込まされたことだろう。
しかし書籍の形で予断なしに読むと、あるいはページをめくって根拠を探してみれば、論理性は全くない。恣意的な解釈が始めにあって、それを補強するように聞こえる、あるいは類似するように聞こえる事柄を弁舌滑らかに並べ立ててある。科学技術論文ではなく、宗教本なのだから論理性がないのは当たり前だし、そもそも冒頭にまとめた主張点に論理的根拠があろうはずもない。
おおよその内容が分かるように、興味深い記述や突っ込み所を本書から抽出して、末尾に載せている。最も面白い(可笑しい)のは、149~172ページに亘って書かれているユダヤの陰謀論で、ソ連による世界赤色化(共産化)も彼らの仕業・謀計であり、それは黙示録の『赤き龍』として、またヤマタノオロチとしても預言されていたものだと説明する。妄想である。
戦うべき悪・強力な敵を外部に設定し、内部の結束を訴える手段は、古今東西において偏狭な一神教の常套手段であり、強権政治や独裁政治においてもまた然り。安倍政権は中国、北朝鮮の脅威をあらゆる機会で煽っているが、中国、北朝鮮はいつの間にユダヤ民族の国になったのだろうか?
「日本は太陽の国であり、世界各国は星の国でありますから、大いなる太陽の光を中心に小さなる光でも各々天分を尽くして光れば良いのであります。」と152ページに書かれている。
これは井の中のかわずの狭い世界観を示している。遠い星の国に住む(宇宙)人から見れば、彼らの星は燦々と輝く恒星(太陽)であり、逆に地球人の太陽は遠くの星に過ぎないのだ。
生長の家の元来の教え:「人間・神の子」「実相一元・善一元の世界」「万教帰一」はなかなか良い理念ではないかと思う。世界的視点に立って「ユダヤ人も神の子、ユダヤの神も根本は同じであり、その本質は善」とするなら、戦争は起こらないはずである。しかし「神道篇 日本国の世界的使命」を出してしまったことで、生長の家は一挙に偏狭で独善的排他的な日本守護神一神教(実質、天皇一神教)に変質してしまったのではないだろうか。WikiPediaの雅春氏の記述も妙に符合する:
第二次世界大戦期に急速に右傾。国家主義・全体主義・皇国史観・感謝の教えを説いた。こうした教えを記述した雅春の著作は、信徒間で「愛国聖典」と呼ばれた。「皇軍必勝」のスローガンの下に、金属の供出運動や勤労奉仕、戦闘機を軍に献納するなど、教団を挙げて戦争に協力した。なお当時の信者には、高級軍人の家族が多くいた。
一神教が偏狭で独善的排他的になると、ことさらに残虐、悲惨な戦争を起こしてしまう。イスラム国(ISIL)が現在進行中の例である。当時の大日本帝国は天皇一神教であるとこちらでも指摘した通りで、日本人優越の勘違いから、とりわけ中国大陸では数々の戦争犯罪を犯している。その過ちをなるべく矮小化しようとし、再び間違いを犯しそうな人々がいる。「美しい国」と言う人たちとヘイトスピーチする人たちは、実は表裏一体である。
当時の新聞などメディアは、発行部数を増やすために、軍部や世論に迎合して戦争を煽った。同じように、谷口雅春氏も皇国史観と侵略戦争正当化の論を張ることで時代に迎合し、一億総玉砕の破滅の流れに漕ぎ出してしまったのではないかと推測する。右翼には理念がない、その時代で国民の多くに共感が得られ「そうな」言葉を並べているに過ぎないと別記事で書いた。神道、仏教、キリスト教に現代科学を加味して完成したとする立教の理念を、せっかくの素晴らしい開宗の理念を、この著書で大きく曲げてしまった雅春氏も、やはりそのような右翼の一人に過ぎないと思う。
< 興味深い記述や突っ込み所の抽出 >
原文のまま、[ ]は該当ページ、関連づけのため順序入れ替えあり、{ }は私の補足。
それでお前{イザナミ}は右より廻りなさい、私{イザナギ}は左より廻るからと云われた。それが生長の家の徽章に現してある逆卍{逆卍=原文ではハーケンクロイツの一文字、フォントなく表示不能、以下同}のマークであります。これは普通の卍と異ってヒットラーのナチスの徽章見たいになっていますけれども、これは伊邪那岐命{イザナギノミコト}の逆卍です。[28]
【注1】なぜハーケンクロイツなのかと興味を持ったので抽出している。イザナギは天を現すので、北極星に向かって見上げれば反時計回りに回転する。『古事記』はそれを、北極星と地上を結ぶ柱を仮想して「左から廻る」と表現しているようだ。イザナミは地を現す。
という説明を聞いても腑に落ちず、こじつけに聞こえる。たんに「ナチス党への親しみ」から鈎十字を選んだのではないかと察する。1936年当時のナチスは、負の側面はあまり知られておらず、ドイツの驚異的な経済成長もあって世界的には評価する声が高かった。
それで私はその母親の方に『あなたはご主人に絶対服従なさい。貴方は良人を尻に敷いて、言うことをきくまいと思っている。その聞くまいと思う心が子供に移って中耳炎を起こしているのだ。』とこういってあげますと・・・[31]
日本の道徳は夫唱婦和、陽主陰従によって調和が得られるのであります。[84]
これがまた陰陽の調和であって、遠心力は主としてこれは男の方の働、陽の働であります。求心力は女の働、陰の働であります。ですから女の方は主として家を修め、男の方は主として外に出て外に発展する。[90]
【注2】「夫唱婦和」というより「夫唱婦随」を意図している。イザナギ、イザナミの最初の結びは女性側が先に発声したので上手くいかなかった、との『古事記』の記述を唯一の根拠としている。しかし『日本書紀』では、最初の結びは仮想的な柱の廻り方が逆、つまり地球の自転と逆で自然に合わないので失敗、とより筋の通る記述になっている。この「国造り」のエピソードは、むしろ「原初から男女が共同で事を成した」というのが本趣旨だと私は解する。当時の日本は母系社会だったからである。
また、男が遠心力で女が求心力と言うならば、男=月=陰で女=地球、あるいは男=地球=陰で女=太陽と、真逆になってしまうのではないか。
それは{日本の}言葉が母音子音の揃った非常に清まった言葉で書いてあるからであります。これで日本人の優良人種であることがわかるのであります。[57]
此の無限創造の働きはやはり日本が一等すぐれているのでありまして、日本の出産率はすべての外国に比べて高いのであります。(編注・昭和16年当時は出生率3を越えており・・・)[97]
【注3】他にも数カ所、日本が優れているとの記述があるが、上記同様に全く説明になっていない。
その試練の最大なるものは、ユダヤ民族の世界統一運動なのであります。凡そ、全世界を一つの支配の下に制覇しようという野望を抱いている民族はユダヤ民族であります。・・・黙示録に書いてある『赤き龍』の放送する思想念波によって暗黙のうちに一致の行動を取り、全世界をユダヤ人を主宰者とするソビエット・ユニオンという『赤』の一色に塗りつぶそうとしているのであり・・・[153]
これこそ全世界を『赤』一色にて取巻こうという八俣遠呂智{ヤマタノオロチ}の遠大の謀計なのであります。[155]
妙な言い方でありますが、資本主義組織を計画したのもユダヤの守護神であり、これを{共産化で}破壊に導いているのもユダヤの守護神であり、その変転の過程が彼らの乗ずる処であります。・・・本源は一つ{どちらも唯物論}であることがお判りになりましょう。中々巧妙な仕組になっているのでありまして、これは霊界に於ける『赤き龍』の念波によって唯物論者が操縦せられて・・・[156]
『古事記』に現れたる八俣遠呂智{ヤマタノオロチ}が黙示録に於ける『・・・赤き龍』と同じものの象徴である・・・[158]
地上を見ていれば、人間と人間との葛藤でありますが、その本源を見れば、天の戦であり、ユダヤ民族の守護神と日本民族の守護神の戦いなのであります。[163]
【注4】いわゆるユダヤの陰謀論である。荒唐無稽の極みで、とても正気とは思えない。読みながらクスクス笑ってしまった。
吾等にとって刻下最も必要なのは、日本国の使命(実相)を信ずるということと、その信念に全国民が一致団結するということであります。その目的のために国民思想を作興すべく生まれたのが『生長の家』であります[159]
【注5】生長の家の使命を(教祖とはいえ)勝手に曲げている。
この『古事記』というものを何の為にこんなに講義しておりますかと云いますと、是は神代にあった日本の歴史であると同時に又未来に出てくるところの預言なのであります。[176]
雛形的に東海の一小島国が日本の国となったのでありますが、今度はそれが大規模に実現しまして、東洋の小島国のみならず、全世界が日本の国となり大日本天津日嗣天皇陛下一君によって統治されるという事が今度大規模に出現する天孫降臨・・・全世界を一君で御統治下さるようにならなければならぬのであります。[177]
外国の統治権者は皆覇道でありまして・・・日本天皇陛下の御統治は・・・『知ろすめす』と申し・・・天皇陛下は宇宙全体のありとあらゆるものを知り尽くして、宇宙全体を、恰も我が御肉体の如く完全に治められる・・・[190]
日本の国土が全世界に拡がって日本の天皇陛下が久遠の昔からこの世界を統治し給うべき御位を持っていられる・・・[219]
【注6】『知ろすめす』から統治すると言われても、被統治国民は全く納得できないだろう(笑)。
『今の一瞬に久遠の生命を生きる』というのが日本精神であります。・・・だから生長の家の誌友は・・・戦場に於ける兵士の如く死の刹那に『天皇陛下万歳!』と唱えつつ死んでいく・・・[205 ]
【注7】特攻をすでに正当化しているとも見える。
まさのぶさん、こんばんわぁ
よく研究されたようですが、私の知る限りなので恐縮ですが日本国は領土を指すのではなく大調和の実相世界を語られていると思います。それから時代背景や世情いしをもっと深く研究されるとさらに素晴らしい批評になるのかなと思いました。
右翼に理念はない。全くその通り
トンデモ右翼思想によくある論調と特徴 http://kanjo.g1.xrea.com/mindo.htm#4
相模原障害者殺傷事件の植松聖もネトウヨ http://kanjo.g1.xrea.com/mindo.htm#5