時速500km、品川—名古屋間を40分、夢の技術とも謳われるリニア中央新幹線だが、その技術的中身を仔細に見ると、優れた先進的なものというよりも、むしろ筋の悪い技術を強引に無理に進めているのではないかと思わざるを得ない。強引無理の代償はコスト、収益性、安全性、環境性、快適性などであり、そのツケはいずれ(すでに)国民に降りかかってくる。
本稿はリニア中央新幹線の技術を批判的に論じるもので、以下 8記事の予定である:
#1:なんのために?
#2:浮上なのに車輪が4種類!?
#3:リニアモーター制御と運転本数の制約
#4:剥き出しの超伝導磁石
#5:トンネルと騒音、水枯れ、避難
#6:不快な乗り物?
#7:車上給電(未了)
#8:まとめ
技術的な議論の前に、本稿 #1では社会的・経済的側面を簡単に紹介する。技術的に懸念があろうとも、社会的意義があり経済的に多大な波及効果が見込めるならば、挑戦する価値がある。だが、利用者の時間短縮効果は限定的だし、トンネルばかりの土管列車で快適とは言い難い。そもそもJR東海自体が儲かるとは思っていない。リニア開業により、利益が大幅に減少する見込みだ。
JR東海の収支予想
2010年に発表した想定(p. 9)では、品川—名古屋開業で運賃収入が5%増え、その後も毎年0.5%ずつ増え、10%増になった10年後に落ち着き、大阪まで延伸開業するとさらに 15%も一挙に増えると見込む(詳細はp. 22〜29)。
大阪への延伸で、羽田—大阪圏の航空路線を廃止に追い込み、その利用客は全てリニアに、岡山や広島便などの客も食えると、強気に想定している。(ちなみに、羽田—伊丹、関空、神戸 3路線の2016年度利用者数を全て足しても 756万人で、東海道新幹線の旅客輸送人員 1億65百万人の 4.6%に過ぎない)
収入がそれだけ増えても、下図(想定の p. 8)の通り、経常利益は大きく落ち込むと予想している。2回の開業の度に減価償却負担が重くのし掛かるためである。現在の状況は2010年から少し変わっているので、それに合わせて東洋経済も試算しているが、結果は類似である。償却条件によっては、一時的に赤字になりかねない。2013年9月の記者会見で、当時のJR東海社長・山田佳臣氏が「リニアだけでは絶対にペイしない」と言った通りである。
下表は国交省技術検討(中央新幹線小委員会)のp. 11から抜粋したもので、総工費を付け加えた。
リニア中央新幹線 | 東海道新幹線 | |
総工費 | 9兆円 | 3,800億円 (現在の約1.66兆円相当、物価換算) |
最大編成 | 16両 | 16両 |
最大輸送人員(片道) | 約1万人/時(目標) | 約1.7万人/時(2010年3月時点) |
乗車定員 | 最大1000人【注1】 | 1323人 |
最大列車本数(片道) | 10本/時 | 約13本/時 |
【注1】最大とはトイレなどが全くない非現実的なケース
投資に対する売り上げという見方をすると、投資額(総工費)は約5.4倍なのに、最大輸送人員が6割以下と少ない。しかも維持費は高い。想定料金(名古屋まで+700円(+6.3%)、大阪まで+1000円(+7.3%))では、投資回収に長い期間が掛かる。
「リニアだけでは絶体にペイしない」という意味が理解できる。株主にとっては好ましくない事業である。総工費が9兆円で済む保証もなく、ビジネス的にも「筋が悪い」のである。
東海道新幹線の最大輸送人員は、その後の改良で開業時よりも増えている。しかし、リニア中央新幹線はこの約1万人/時・片道が最大であり、もう伸び代がない。どちらも16両編成なのに、なぜ乗車定員が1000人以下なのか、なぜ最大10本/時・片道の列車しか運行できないのか、以降の記事で順次述べる。
何のために?
日経ビジネスが2018年8月に「リニア新幹線 夢か、悪夢か」という連載記事を出しており、特に工事現場の問題などを一挙にまとめてある記事「『陸のコンコルド』、リニア新幹線の真実」はお勧めである。表題通りかなり辛辣な批判的内容である。リテラや日刊ゲンダイではなく、(体制寄りの)日経ビジネスの記事なので少し驚く。寄稿ではなく、編集委員と記者が書いている。
東海道新幹線はいわゆるドル箱路線で、旅客需要は安定して多く、乗車率は高く、利益率は高い。それを独占的に経営するJR東海は、優良企業である。線路への耐震投資や更新投資も抜かりない。
列車運行本数はかなり限界に近づいているが、定員の多い車両を開発するとか、料金を下げるとか、(政治決定で)JR北海道や四国を支援させるとか、より直接的に社会に貢献する方策は幾らでもある。
しかし前のJR東海会長(現名誉会長)葛西敬之氏の考えは違った。かねてからのリニア新幹線構想を実現したいのか、彼の強い意思で、技術陣の慎重論を押し切り、工事に向けて本格的に動きだした。葛西氏は安倍首相とは昵懇のお友達であり、破格の条件で3兆円の財政投融資を受けている。
「なんのために?」との問に、JR東海は「東海道新幹線のバイパス」と答えるが、違うと思う。日本社会はこれほどの犠牲を払ってまで、バイパスを求めてはいない。リニアはJR東海の「エゴ」だと思う。東海道新幹線の利益をじゃぶじゃぶ注ぎ込み、環境破壊や住民の迷惑もリスクもエネルギー効率もなんのその、金にものを言わせて、しゃにむに工事に突き進んでいる。造ってしまえば、赤字になっても潰せないと高をくくっているのではないか。
国が主体で税金を投入してリニアをやるかと議論すれば、投資効率の悪さや多くの技術的リスクから反対論が多いはずだ。だから私企業のJR東海が自己資金でやるとの体裁をとらせているのだろうが、それでリスクが減る訳ではない。逆に、私企業を理由に情報開示が不十分であり、潰せるはずのリスクも残ってしまうのではないか。リスクが現実になれば、待っている未来は「土管のコンコルド」であろう。
乗り換えで時間短縮効果は限定的
JR東海は2013年9月の発表で、リニア品川駅は「山手線や、京浜急行の品川駅と20分以内で乗り換えできるようにする」と説明している(建設通信新聞、J-CASTなど)。乗り換え時間の定義が不明だが、意外な長さである。
リニア品川駅は地下深い(40m)ので時間が掛かる。比較のため、東京駅での新幹線—横須賀線(地下25m)の乗り換え標準時分は15分である。定義は「到着から、乗り換え先の車両に(待機していれば)入るまでの時間で、少し余裕を加えたもの」である。
本シリーズ #4に記すように、リニア車両の乗降は、飛行機の搭乗ゲートに近い形態となり、乗降口は1両に1つしかなく、ふつうの列車より時間が掛かる。発車直前に飛び乗るようなことは出来ない。出発数分前にゲートが閉まる可能性もある。だから「20分以内にする」のは、それほど簡単なことではないと推察できる。常識的な余裕を加えて、山手線着—リニア品川駅発までを 25分と想定してみる。
【注】山梨実験線の一般試乗では、乗客の持ち物検査を行っている。本営業でも、持ち物検査が残る可能性はある。車内で火災が起きると、悲惨な事態になりかねないので。
他方で、名古屋駅内のリニア—新幹線間の「移動」は 3〜9分で済むとFAQに掲載している。これは降車位置から乗車位置への移動時間だけを意味している。リニアと新幹線駅は、高低差が約38mで、十字型に交わる。編成全長はそれぞれ400mほどなので、乗車位置によって歩く距離がずいぶんと違う。長い方の9分を使うべきだろう。搭乗ゲート方式による降車時の余計な時間と、常識的な余裕を加味して、リニア着—新幹線発を20分と想定してみる。
山手線で品川駅に到着してから、新大阪駅に着くまでの時間を比べると:
○山手線着 → 新幹線発車 10分 <= 乗り換え標準時分
・ → 新大阪駅着 2時間15〜26分
・ 計 2時間25〜36分
□ 山手線着 → リニア発車 25分
・ → リニア名古屋駅着 40分
・ → 新幹線へ乗換・発車 20分
・ → 新大阪駅着 50分
・ 計 2時間15分
他のケースでも概ね、余計な乗り換えが1回あると、時間短縮効果は微妙な感じになる。この差であれば、大きな荷物を持った人はリニアを利用しないだろう。
リニアの搭乗ゲート方式に乗客が慣れてくれば、乗り換え時間は数分づつ短縮されるのではないか。リニアの料金水準が控えめなのは、乗り換えで時間短縮効果が限定的なためかも知れない。
なお、2時間15分はN700A編成の実力と思わる。現状は数便しかないが、旧型車両が新型に交代するにつれて、次第に増えると思われる。
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