トヨタMiraiが発表されてから1年余り、ホンダもクラリティを 2015東京モーターショーで一般公開した。しかしFCV(燃料電池車)が今後どんどん普及するかというと、それは大いに疑問に思える。「走行コストが高い、CO2排出減らない(化石燃料由来の水素を使う限り)」ためである。
「FCVは究極のエコカー」という触れ込みは 20年以上も前から聞いており、Miraiには技術的、工学的に大いに関心を持っているが、発表当初に書かれた多数の署名記事は意外にもほとんど辛口であった。開発側が公表している資料をいろいろ見るうちに辛口な理由がだんだん分かり、現実の数字を突き合わせるとその感がますます強くなる。
Miraiは満充填(4.3kg)で 650km走行できると謳う。実際はどうか?
知る限り、Carトップ社と松下宏氏の2者が実際に Miraiを購入し、長期テスト記事を掲載している。Carトップの記事によると「現在のところ、CARトップ号の生涯燃費は90.9km/kg」とのことでカタログ値の 6割ほどになる。これは過去の実証走行試験データ(pdf、p.218参照)と辻褄が合っている。以下この値を使って話を進めるが、1〜2割ぐらい違っても主旨に影響はない。また松下宏号の燃費については、注記を要するので末尾に述べる。
税込み 1188円/kgが水素の標準価格なので、実燃費が 91km/kgならば燃料コストはけっこう高い:
1188円/91km= 13.1円/km => ガソリン車の 10.0km/L相当(1L=131円想定)
水素の製造・輸送・充填原価は、日本エネルギー経済研究所の論文(pdf)によると、だいたい 1kg= 1000円前後である。このエネ研の論文はたいへん興味深いので、次回詳しく紹介したい。
それを税込み 1188円で売るならば、5億円と言われる水素ステーション投資の償却や年間 5千万円の営業費用は全く出ないので、大赤字になる。では、適正価格はいくらぐらいなのか?
日経記事【注1】によると「1kg=3500円強に値付けしたい」という。もし水素が 3500円/kgなら、V8エンジンのアメ車並みの燃料コストになってしまう:
3500円/91km= 38.5円/km => ガソリン車の 3.4km/L相当(1L=131円想定)
しかも上記は公平な比較ではない。ガソリンには1L当たり53.8円の揮発油税が課され、さらに消費税が上乗せされる。ガソリンの税前価格は 131÷1.08 – 53.8 = 67.5円となり、これを 1100円に対応させればフェアな比較になる。税前で見れば差はさらに大きい。
電気自動車(EV)の走行コストはどれくらいだろうか?
日産リーフユーザー対象の調査によると平均実電費は 8.5km/kWhを越えている。深夜電力(約12円/kWh)を上手く使えば、わずか 12/8.5= 1.4円/kmほど済む。昼間料金をミックスしても 2円/km以下は十分に見込めるので、FCVの 1/6ないし 1/20程度の走行コストで済む。実燃費 20km/Lのハイブリッド車は 131/20=6.6円/kmなので、EVはその1/3以下となる。
より重要なのは、そもそもの目的である CO2排出削減である。FCVは確かに走行中は CO2を排出しない。しかし化石燃料から水素を取り出す限り、水素の製造段階でかなりのCO2を排出する。上記エネ研の論文(pdf)の図2・左端の例では、水素 1kgあたり 16.8kgの CO2を排出するので:
16.8/91= 185g-CO2/km => ガソリン車に換算すると 12.6km/L相当
(ガソリン1Lを燃やすと 2322gのCO2が出る; 2322/185= 12.6km/L)
これではFCVに存在意義はない。化石燃料から取り出す水素を使う限り、同様な結論となる。化石燃料由来でなく、風力や太陽光など再エネ電力から電気分解で水素を作る場合は次々回に述べたい。ちなみに燃費20km/Lのハイブリッド(HV)車なら 116g-CO2/kmとなる。
EVのCO2排出量は発電時にどれだけCO2を排出したかで決まる。電力会社ごとの2014実績データによると、東電ならば 496g-CO2/kWhなので関東圏のEVは:496/8.5= 59g-CO2/kmとなり、送電ロス・充電ロスを考慮しても排出量は少ない。しかし沖縄電力だと 816g-CO2/kWhと跳ね上がり(小型で非効率な発電設備が多いため、特に離島で)、EVでも 816/8.5= 96g-CO2/kmと悪くなる。
発電のCO2排出削減がとても重要である。原発が通常稼働していた2010年ならば、例えば東電は 374g-CO2/kWhで、CO2排出削減に原発の寄与は大きかった。
Miraiばかりを話題にしたが、ホンダ・クラリティはどうか? 700km以上の航続距離を謳うが、仕様詳細は公表されておらず、タンク容量も車重さえも不明。タンクはMiraiよりもでかそうに見えるので、容量で航続距離を稼いでいると推察する。
松下宏氏のMirai長期レポートはもう13本を数え、実燃費がしばしば紹介されている。最新レポートによると、5000km走行後の総平均が 110km/kgと優秀である。しかし、どうも大半が東名/新東名を90〜95km/h巡航しての名古屋往復らしい。初期には箱根往復で 80km/kgとか、航続距離は400kmぐらい(93km/kg相当)などと記していた。しかしその後は、都内一般走行にはほとんど使わず、名古屋往復だけに使って総平均燃費を伸ばすことに注力したようだ。このような好条件なら、ガソリン車でも 15km/L、ハイブリッド車なら 25km/Lはふつうに走るので、その基準で比較せねばならない。
松下氏は環七をグルリと走行した場合も 109km/kgの好燃費を出している一方で、首都高含む都内だけだと 89km/kgとの記述もある。
Carトップ社の燃費記述は素直で分かり易い:「高速を丁寧に走ったときは 127km/kg、日常使用していくと概ね燃費は 80〜90km/kg」。
【注1】この日経記事を読むには無料会員登録が必要なので、肝心の部分を引用すると:
「資源エネ庁が作成した資料は・・・水素ステーションの建設、運営に関わる費用が全体の62%、輸送費などを含んだ水素自体のコストが38%だ。
水素は現在、業者間での取引価格が1立方メートルあたり120円前後。市場関係者によると、あまり価格は動かないという。水素ガスは1キログラム=11.2立方メートルで、これを基に計算すると、店頭で供給する水素は1キログラム3500円強の値付けをしたいところ。」
資源エネ庁が作成した資料とはこれ(pdf)で、該当する 32ページ目を抜き出して右に掲載した。これは稼働率 100%を想定した場合なので、稼働率50%なら適正価格は1kg= 5000円を優に越えるだろう。
同資料の 33ページにはステーション整備コスト(4.6億円)、39ページには運営コスト(4600万円)の見積もりもある。