道徳教育で重要なポイントは3つだけ

【道徳教育全般へのコメント】

日本国憲法と整合する道徳教育において、重要なのは以下3ポイントのみと筆者は考える。

I.「個人の尊重」と「公共の福祉」

日本国憲法の中でも、第13条で謳われる「個人の尊重」が最も重要で象徴的なものとされる。その本質を平易に表現したものとしてよく使われる「一人一人がかけがえのない存在」は、正に道徳的な言葉である。誕生の瞬間から、対人関係、集団や社会との関わり、さらには国際的視野についても、この認識が出発点であり目的地であろう。

社会も学校も尊重されるべき多数の個人の集まりなので、一般には互いの自由や権利が衝突するが、それを調停する原則が「公共の福祉に利する」であり、第12条で初めて登場する。「公共の福祉」は難しい表現だが、「個人の集合としての公共を全体として良くすること」ぐらいに筆者は解している。普遍的で分かり易い道徳指針と言える。

憲法はもちろん法律も、「個人の尊重」と「公共の福祉」の考え方で貫かれているはずであり、日々の行動規準もその原則に立ち返って考えればよい。憲法や法律と離れた個別の価値観を持ち出す必要は更々ない。

II. 公正、公平、社会正義

これは「公共の福祉」に含まれる観点だが、集団内の当事者としてだけではなく、外部から客観的に見たり、奉仕したり調停したりするなどの視点を強調するために、別個に取り上げる。憲法第15条で規定される公務員や、会社経営者などの視点であり、あるいは彼らの仕事ぶりを監視する国民の視点でもある。自分が含まれる集団だけでなく、他の集団や、日本社会全体で、「公正、公平、社会正義」が実現されているかと問う姿勢である。

なお、「正義」とは相対的なものであり、日本国内では憲法にその根拠を求める必要がある。

III. 主権者としての自覚

そもそも生徒が中学校に通うのは、憲法第26条の通り、主権者たる国民は「教育を受ける権利を有する」からである。国民主権の観点は、文科省22徳目には全く欠けている。生徒は、社会のたんなる構成員でも形成者でもなく、主権者になるのであり、この社会を主体的に変えることが可能なのである。この視点をなるべく早い段階で、生徒にも持ってもらわねばならない。

健全な民主主義が発展するには、国民が主権者の意識を持ち、一人一人が自分で考え自分の意見を持ち、言うべき時に意見を表明できることが望ましい。第12条の通り「憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」のである。
民主主義国である日本では、「社会生活を営む上で、ひとりひとりが守るべき行為の規準」の根底に、主権者としての自覚が求められる。


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