中国の脅威と安保法制の無関連

ヘルマン・ゲーリング「戦争を望まない国民を望むようにさせるのは簡単です。国民に向かって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては愛国心が欠けていると非難すればよいのです」

安倍首相「安保環境は大きく変わった。尖閣諸島周辺では中国の領海侵入が繰り返され、東シナ海の境界未画定海域で一方的に資源開発が行われている。南シナ海では大規模で急速な埋め立てを一方的に強行し、国際秩序とは相いれない独自の主張に基づき、力による現状変更の試みを行っており、国際社会の懸念事項になっている」(7/29 参院特別委答弁)

上記認識は「表層的な誇張された表現」であることを、尖閣、東シナ海、南シナ海それぞれにつき具体的に順次示したい。ここではまず「法案のどこが関係するのか? どこが役に立つのか?」と聞きたいが、それに対する答えはない。

中国の脅威に対抗するために安保法制が必要という報道がしばしばなされるが、「米国との軍事同盟が強化されれば抑止力が高まる」という漠然とした期待だけで、法案がどのような状況でどう役立つとかの具体例は全く出てこない。そもそも対中国なら個別的自衛権であり、集団的自衛権は関係ないとの指摘にさえ返事がない。中国が主眼なら地域を限定すべきなのに、逆にできるだけ曖昧にさせている。衆院の強行採決で支持率が下がったためか、参院の審議で初めて中国の脅威を持ち出してきたが、法案との論理的関連性は全く提示されておらず、説明不能なのだと解するしかない。正面切って中国の脅威を質問すると、政府は次のように答えざるを得ない:

・岸田外相「日本政府は中国を脅威とみなしてはいない」(8/5 参院特別委答弁)

・中谷防衛相「我が国の防衛政策は、中国を含めて特定の国を『脅威』とみなし、また、これに軍事的に対抗していくという発想には至っておりません」(8/5 参院特別委答弁)

全面戦争はもちろんのこと小規模の武力衝突を仕掛ける可能性は、中国といえども極めて非現実的である。武力衝突は中国にとっても壊滅的な悪影響をもたらす。世界有数の戦力を持つ自衛隊(船舶トン数4位、航空機数5位)と日米安保条約による米軍の抑止力もあるし、先に仕掛ければ国連制裁や経済制裁を受ける。当事国は採決に加われず、常任理事国であろうとも拒否権を使えない。

ずっと強力な抑止力は、日中間の経済と人の交流である。JETROの貿易統計によると、2014年に日→中:1629億ドル、中→日:1810億ドル、合わせて41兆円($=¥120)にもなる。日本からのキー部品輸出が止まれば、たちまち中国での生産が止まる。

日本政府観光局(JNTO)の統計では、2015年の中国からの訪問者は500万人超のペースで、2003~2015の累計で1800万人を越えそうである。日本政府が1月に実施した中国人へのビザ発給緩和が大きな要因で、元高円安傾向が続けば500万人超/年のペースが今後も持続しそうである。もう5年も経てば、中国人の30人に1人が訪日経験を持つようになり、親日化がかなり進むかも知れない。なお、日本から中国への訪問者は2010~2014平均で330万人/年(JNTO)。

中国内部には「内乱の怖れ」という抑止力がある。チベット、ウイグルなどの内憂や不満分子を多数抱えており、中国政府には内乱が最も大きな脅威である。上海株式市場や元/ドル為替相場をなりふり構わず操作するのは、ひどい損失が政府への不満に直結するのを怖れるからだと言われている。私は中国よりロシアのほうがよほど脅威(平和条約なし、北方領土占拠中、対日本で失うものが少ない、内乱の可能性なし)に感じるが、そのロシアも経済制裁と原油価格の低下で苦しんでいる。

まとめると、中国の脅威がないとは思わない。しかしその脅威は小規模の武力衝突が起きる可能性さえも非常に低いものである。外交のゲームとして中国が脅威を演じている面もあるし、それに安倍政権が便乗して利用している感もある。

ヤクザが衆人環視の状況で堅気に難癖を付けてるようなもので、先に手を出したら負けなのである。「やるならやってみな、困るのはオマエらの方だ」と思えばぜんぜん怖くないし、中国も先に手を出さないように十分注意を払っている。中谷防衛相の答弁は正しく、ヤクザに対抗するには力よりもまず、圧力に屈しない毅然とした態度と法と知恵で良いはずだ。尖閣問題はだいたいそんな展開になっていると思う。

 

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